THIRTY THREE RECORD

誰もが知る音[Dub]に際して"/

「誰もが知る音[Dub]に際して」

”誰もが知る音[Dub] : hydrant house purport rife on sleepy”

全てに優先されるのは調和だと思う
現象の余韻を持ってそこに用いる時に

自身のことも段階も他者のことも段階も
重要さにおいては関係がない

世の中の記憶と余韻に加わる全てのもの
それら微かな風の動きを捉える時の笑みは

そして正しさは書く、または写し描く
そしてこれらの全ては賛歌であるし
そしてゴッドスピードはあるがままにそうさせる

私達をいつも助け、いつも救い、護りながら
恵みをまたもたらしては今もそうさせるもの

つまりこれらはとても重要な音楽だ
誰もが持つ散漫な記憶との内外からの合致

音楽家とはあるべき世界を目指す者
その手はいつも無造作にも的確に

辿り着いたのなら問わぬことだ
辿り着く前にも問わぬことだ

なぜなら問答に左右されることもなく
正しさのみが今もまた私達を導いている

時計の針のような確かさと慈しみが常に
私達の時間の中を蜂蜜のように満たしている

Yawn of sleepy

ディライト/インウォードのこと"/

「ディライト/インウォードのこと」

”delight[INWARD] : Heidi”

この日のレコーディングセッションは、珍しくたぶん
上手くいったとはあまり言えない感じの日だったんだけど
そういう時の記録も、出来事を見つめられた時には
結局より良い表現や経験になると思う

感情をかき分けながら瞬間的に深く掘り起こして
辿ることができた時に先にあるのはいつも案外シンプルなことばかりだ

できると思う。心は前に進むのでそのように
少しジグザグに走るようなところがラブリーでおもしろいところ

美しさは試みた分だけ、自分の足元に立って出した勇気の分だけ
たとえほっといたって、もともとそこに記録されていくわけだし
それはとても音楽的で、かつ本質的、とても確実なことだと思う

Yawn

Heidiによるセルフライナーノート"/

「me[StudioCut]について」

”me[StudioCut] : Heidi”

“この曲は、これまで見て聴いて感じてきた多くのことの中で
何を大切にしてきたのか、どんな言葉で何を残してきたのか、
どんな心がけで生きてきたのか、
など、様々な場面での自分の振る舞いを思い返していた曲です。
日々進化する心の動きを今その地点での記録も兼ねて。

パッドに割り当てたアコギの音の組み合わせが、
今までの演奏にはなかった自分の中での新しいアプローチになって
経験としてもとても良かった。”

“Among the many things I've seen, heard,
and felt so far, what have I cherished,
what words have I left behind,
and what kind of mind have I lived with?
It is a song that reminded me of my behavior in various scenes.
It also serves as a record of the movement of my heart
that evolves every day at that point.

The combination of sampling of the acoustic guitar assigned to the pad
became a new approach in me that I had never played before,
and it was also very good as an experience.”

Heidi

PUGNI

「PUGNI E CALCI/Fists and Kicks[Live at Ice Cream Studio] : VIPRAについて」

”BPUGNI E CALCI/Fists and Kicks[Live at Ice Cream Studio] : VIPRA”

目を開けて見てみると
さっきまでピアノを弾いて歌っていたフレイビオがドラムを
2台のリズムボックスを鳴らしていたフランチェスコがベースを
オルガンを弾いていたジャコモと
スネアを叩いていたファブリジオがギターを演奏している

そして私たちの部屋はカタカタと鳴り
スネアのヘッドは破れ
ベースアンプの真空管は爆ぜ
ギターのネックはボディと離れた

楽器は私たちが辿り着く為のものだ
そのことの前で私たちは常に平等であるし
そこに生じる現象こそが私たちの道標になる

なあヴィプラ
私たちの頭を満たしている情動はいつもまた新しくなる

背負って来た巡り合わせによる現象は
迎えたようで訪れ訪れたようで迎えたものだ

ヘッドは張り替えられ
真空管は置き換えられ
ネックは再度固定され、新しく鳴る

私たち全員の傍に
より美しいものが寄り添うだろう

私たちはまた新しくなるよ

Yawn of sleepy

Bagpiper

「Bagpiper Ally&Heidi Play "Andrew MacNeill of Colonsay[Piobaireachd]”について」

Bagpiper Ally&Heidi Play "Andrew MacNeill of Colonsay[Piobaireachd]”

人が人に向ける思いとは非常に途切れやすいものだ
まして音楽ともなれば数秒先もままならない
数分間をより良く送るにはとても高度で様々なことが必要だ

ハイジさんが”仕事としての短いセッション”をアリーさんにオファーし
これをアリーさんが快諾の後にその場でバグパイプの古典である
“Andrew MacNeill of Colonsay”というモチーフを提案した

口伝(歌唱)による楽譜ではない楽曲の伝承という古典的な形に
歌唱力と演奏力を持ってそのまま臨もうという試みだ
学究性と伝統への関心を側面にしたアリーさんらしいアイデアだと思う
北欧の民族音楽と近い生活を送っているとも思えないハイジさんが
歌唱と解釈を持って表現/返答/反応としたものも驚いたし流石だった

才能がこれからもそれぞれに磨かれていくのだ
“なんだかとても良い通過点と顕現を見ているな”と嬉しく思った
“場”というものが成立し一部始終に立ち会えたことを光栄に感じている
何をスタジオに持ち込むのかは本当に人それぞれだ

私達はよく
日々の研鑽で培った瞬発力で遊び
後にその記録をもって観察と熟考をする

Yawn of sleepy

Gang

「Gang Poet : Yusuke Ikeda & hydrant house purport rife on sleepyについて」

Gang Poet : Yusuke Ikeda & hydrant house purport rife on sleepy

ギャングポエットは2010年末か2011年、そのくらいの録音
イケダユウスケ氏とはミュージシャンや友人数人と共に
ひとつ屋根の下、一緒に暮らしたこともあるのだがその少し後
アイスクリームスタジオはまだお仕事を受けたりもせず
今よりもずっと仲間以外は誰も入れない
完全にプライベートなスタジオだった

この曲はその頃の楽曲群の中にある曲
同名のアルバムの中にあって
公開作品ではないのだが何故だかふと話題に上がったり
取り出して聴いてみたりする曲

たしか編集室の屋根の上に数人
部屋の中に数人に分かれて録った
ピアノやベース、歌などは屋根の上
ドラムや口笛などを室内で

映像は氏と愛猫の2023年の近影

ーーーー

イケダユウスケ氏は非常に優れたミュージシャンだ
明らかに卓越した歌唱にも拓かれた音楽観にも
極まったものを幾つも備えていてそれらが相互的に
高度なセンスによって束ねられているような存在だ

おもしろい人だと思うし
日本の音楽と水準にとってしても今もずっと重要な人だ

意見の相違や反感から喧嘩になることも少なくないのだが
容易に伝わることが多く話も盛り上がるので
今もたまに長い話をする

何に取り組んでいるとか、何を聴いたとか
何をどう感じるとか、何に負けたくないとかなんだとか
普通のことなのだがやはり笑いは絶えぬものだ

出会った頃は2004か2005年で氏のSun Invaderという楽曲を
幾度となく繰り返し聴いたことを覚えている
そこから今のところ約20年

優れた音楽人との音楽的な交流が
流れる景色の中でお互いに力を落とさず
深め高めながら
おもしろく続いていることを嬉しく思う

Yawn of sleepy

Bagpiper

「Bagpiper Ally Plays "The Massacre of Glencoe"」

Bagpiper Ally Plays "The Massacre of Glencoe"について

音楽はどこまでいっても人の想いの痕跡だと思う。

それがアリーさんがとりあげたこの古典の演奏に立ち会って
あらためて学び、感じたことだ。

"The Massacre of Glencoe”は出来事の当事者達と出来事に、
きっと半歩下がったところにいた人が寄せた“想いの痕跡”だと受け取って
ほぼ間違いはないだろう。

誰かが誰かに想いを馳せ、
走ったその思いが時を超えて後世に伝わり、
眼前で鳴っているのを私の眼は見て、私の肌は感じたのだ。

ドローンの大きな鳴動の上に
装飾音と旋律のキーになる音が杭のように打ち込まれていく。
作曲者のリズムとタイミングで移動する視線、
空の下でまた作曲者が垣間見た光景が区切られていく。

1本の黒いフィルムにシャッターが開き、
人の尺度による四角い光が焼き付けられていく写真の仕組みのようだ。

古典の解釈に宿るもの、それは再現や演奏という概念を超えたものだと思う。

誰かが誰かに想いを寄せるということは、
誰かが誰かに想いを向けるということは、
どのような出来事にとっても悲しい行為ではない。

そしてまた
誰かが、誰かや何かに寄せた誰かの想いに。
誰かが、誰かや何かに向けた誰かの思いに。

音楽はどこまでいっても人の想いの痕跡であって、
この夜にアリーさんがバグパイプをもってなぞったことは
軽く100年を越える共鳴の連鎖の中に参加しているその姿は
音楽家や演奏家達の頭上に当たり前のように起こるそのことは
人の営みの中で最も尊い行為のひとつだと思う。

Yawn of sleepy

Bagpiper

「Bagpiper Ally Plays "The Little Spree/Andrew MacNeill of Colonsay"」

Bagpiper Ally Plays "The Little Spree/Andrew MacNeill of Colonsay"について

ピブロックという言葉を私はアリーさんに教わった。
b♭の大地と装飾音による呼吸の光景、
バクバイパーがソックスに短剣をさすこと、
その由、ナイフ1本で生還する男の伝説、
バグパイパーはバグパイプを後から後から引き継いで
その音を鳴り止めないということ。

アリーさんのバグパイプの鳴動がワッとスタジオと共振する時の感じ、
そしてその後の静けさを眺め感じるのが好きだ。
共鳴というエネルギー運動を経た後の空間や楽器達、柱や床は、
目に見えない埃をすっかり落として少し違う顔をしているから。

伝統の上でバグパイプの音色は言うまでもなく戦士の音だ。
守る時、戦う時、与える時に強い音、強い人。
正しさを求める優しい人。
内から奮い立ち湧き出る大きな力を自身の中にもまた新たに感じて
励まされる人も多いことだろう。

共鳴による伝達は音楽の力の最たるもの。
共振の影響下にある人、事物は強い力で護られ、
そしてまた、アリーさんを強い力が護っている。
使命を帯び、役割を背負うことが出来る人の音とはそういうものだ。

スコットランド本国から離れた現代の東京のどこかで毎日毎日
アリーさんはバグパイプを鳴らしている。
21世紀の極東でアリーさんのバグパイプが聴けるということは
私達にとって大きな幸運だ。

Yawn of sleepy

A

「A Saturday Night of The "DUKE" Matsuki」

ザ"デューク"マツキの或る土曜の夜のこと

ファンク愛に親しめたとても良い土曜日の夜だった。その記録。
バンドの皆さんはひとりひとりそれぞれ大きな魅力のある方達で
選曲もストーリーも素敵だった。もっと話してみたかった。

これからも皆で練習をして、皆で演奏をするのだろう。
出会えるミュージシャン全員に思うことではあるが、
やはり、ザ”デューク”マツキ、ずっと鳴っていて欲しい音楽でした。
感謝。

Yawn of sleepy

Live/secret

「Live/secret moon/aarrcrm : Heidi」

DJ Bridgeによるリスニングノート

シークレットムーンと題されたハイジさんのライブはおもしろい。すごかった。
あまり聞いたことのない招待制のスタジオライブというスタイル。

人と違うハイジさんの、人と違うライブ。
そしてたまにあるスタジオライブとも違っていて、
だってアイスクリームスタジオも絡んでいるから。
それはもう安心して違った。

ライブでの演奏曲は、最近のangel(トムウェイツみたい)から始まって
apple,realizeの2曲(フィールドレコーディングにあった)。
続いてroyalblue、opシリーズからcandela、
バンジョーの弾き語りで録音されていたrhoeo、
アカペラから始まった最新の宅録ソロアルバムからmoonlightの8曲。
過去のCD作品群からの曲はなくてここ2年くらいの曲達だった。

スタジオのロフトに腰掛けて歌うハイジさんの声とギターが少し高い位置から
静かな高天井の空間に響いていてそれしか聴こえない。
記録用のマイクは立っていたけどPAはなし。
照明はつけっぱなしのスタジオの電球達だけ。
それだけが聴こえる。視える。
豪華ではないのに極上に贅沢だ。

招待制というところに明確な意思を感じる。
それはかなり多くの音楽家が前提としてきた”不特定多数への投げ掛け”と
“獲得”とは明らかに一線を画すものだ。
拓かれた場は響き合うことや伝わり合う為、応え合う為の鋭い視野であると思う。

特別なものは特別に。
誰もがそうすることだろう。

DJ Bridge

in

「in a delightful manner : Hydrant House Purport Rife On Sleepy」

Yawn of sleepyによるリスニングノート

この曲は楽しくやる為の作法とか
歓びに際したマナーとかそういうタイトル。

で、自分達にとっての結果的なグッドモチーフ。

ツルッと連なる心地よい感じのギターとチョップドピアノに
割とイージーなブレイクビーツでボーカルとかをノリで少し重ねて遊んだ。
sleepy it氏が11年くらい前に組んで書いた曲。

リフレインが過ぎる感もあるけれどこれは
ワンムード、ワンモチーフでの連想というバンドのテーマによるもの。

たまに取り出しては流して楽しんできた曲なんだけど、
そう、何事にもマナーは大事ってこと。
そしてマナーとは気持ちや感情の表れや差し向け方についてのこと。
言葉にしなくたって良いも悪いも伝わるもの。

大切なヒントがさりげなく織り込まれていて目印みたいになれる曲。
人それぞれかもだけど、ま、私たちは私たちのやり方と在り方で。

ーーー
動画は、使わせてもらってるミニクーパーのドアガラスを
バーンと砕いてしまい連休中に直すべく静岡まで走った時の。
車のドアをバラして窓を入れるとか初めてだったけど
なんとか元通りになって許してもらいました。

ポケットに保持していた曲に
新しい思い出が乗るのというのもまた楽しいと思った。

Yawn of sleepy

絵の具[VERSION]"/

「絵の具[VERSION] : 林ミカ」

Yawn of sleepyによるリスニングノート

この曲のバージョンテイクは
たしかに林ミカさんと2回目にお会いした時
お仕事とかじゃなくて遊びにきてきれた時に録ったテイク。

冒頭から「あなたを殴ってとっつかまえて」から始まる歌。
とっ捕まえてから殴るんじゃなくて、殴ってから捕まえるんだ 笑 とか。

そこに繋がるストーリーも破天荒な言動が繰り返されちゃってる。
けどすごくドリーミーで繊細で素直な話。
あんまり無茶はしないで欲しいけどミカさんの面白さが沢山入っていて
ぼくはこの曲がなんだかとても好きになったのでこれやりましょうよと伝えた。

オリジナルテイクのラブリーさはもちろんのこと
こちらのテイクのどこがマジカルかというと

中盤以降に綴られてる場面が2つあって
ひとつは「喉を通らないご飯の前」にいる心境とその帰り道の場面。
もうひとつは「緑色のパーカー似合うね」で締められた相手に向けられる言葉の場面。

構成を整理してしまうと、誰が聞いたってネガティブ気味な状況や心境から
ポジティブ(精一杯のかどうかはわからない ミカさんは大胆な人だから)な言葉を
口にするところで音楽的なストーリーが締められている感じ。

で、どこがおもしろいかというとこの2つの場面を歌う2本の歌声がずれていって
ひとときに2つの場面が聴こえてくるところ。

“しんどい現在のところ”と
”その少し未来にあるこの人が相手に向けて選んだポジティブな言葉”が
同時にひとつの光景に浮かんでくる。

“現在”と”後の変化とより良い選択/兆候”が
ひとつのフレームに収まる瞬間を見ることができる。
そういう記録が出来ちゃってる。

それって普段は知覚できない(人は今のところ時間を物理的に移動しない)
4次元の視点を作品が纏う事に成功しちゃってるってこと。
時間芸術ならではのマジックで
ステレオならではの構造ですがそれはモノラルで聴いても同じこと。

まー、これは狙った訳ではなくたまたまで
ダブルを録ろうとした時に途中から歌詞がずれただけのよくあることなんですが
心境が時間経過に沿って細やかに綴られている楽曲だからこそ
偶然でも拾えた噛み合わせのおもしろさ。

プレビューしてみた時にミカさんと顔を見合わせて
「これ良いかも。おもしろいかも。」と笑えた瞬間がとても良い思い出です。
こういう音楽って探したら他にもあるのかもしれないな。とも。

なんだかもう少しわかりやすく説明が出来たような気もしますが
まー今日のリスニングノートはこんなところで。

ぼくはこの曲を聴くと
綴られてる派手な恋愛の裏側で現実に沢山起こっている
選択によって起こり得るそのような”物事の美しさと兆候の形”を
感じることができて嬉しさを感じます。
偶然たどり着いて落ち着いたその造形にも。


ストレートなコーラスのアンサンブルが奥行きをつくってるところも◎。

Yawn of sleepy

Cutting

「Cutting Beat Instrument Draws Happiness[EDITION] / Cutting Beat Instrument Draws Happiness」

Thing,Which It 歌詞・対訳

The song is well sung in voice with a small life in the world.
The hand, its leg, and its voice

Janken
Montreal
The male and female principles on consciousness

It is good or I allow the unnatural treatment which does not take such things in its hand.
Probably, heart should not beat?
therefore, eyes were given to the mailbox
-- I may need to pass a that front, without doing
-- soon -- everybody -- a passage -- it will pass --

Janken
Montreal
The male and female principles on consciousness

世界中の命が小さな声で上手に歌を歌っているよ
その手、その足、その声が

じゃんけん
モントリオール
意識の上での陰陽

いいか、僕はそういったものを手には取らない
わざとらしい扱いなら許せるが、心は躍るはずもないだろう
だからそのポストに目をくれやることはない
僕はその前を通り過ぎるだろう
やがて皆もそうするだろう

じゃんけん
モントリオール
意識の上での陰陽

Cutting Beat Instrument Draws Happiness

Good

「Reassure / Heidi」

Heidiによるセルフライナーノート

誰かに向ける願いも、自身に向けた願いも、
純粋なものは美しく心に降りて届くだろう。

人の優しさや愛情に気付いた時、
心が締め付けられるような気持ちになって自然と涙が溢れていた。

その時、その瞬間の事を忘れずに心に持っていれば、
いつでも思い出すことができれば。

優しさは保たれて、素直な気持ちになれる。

この曲たちを聴く度に、その時の事をいつも思い出している。

Heidi

Good

「Good for the round trippin’/V.A.」

Yawn of sleepyによるライナーノート

友人から教わったことがる。
「進みたい方、曲がりたい方に手を向ける。そしたら行くから。」

指した方にスケートボードは進んだ。シンプルで素直な仕組み。
“イメージと具現の物理”を感じて、静かにとても感動したことを覚えている。
楽しかった。

イメージが、イメージをできる地点まで自分の体を運んでくれる。
ともすればしかし、イメージとは様々な影響を受けやすくとても不安定になりやすいものだ。

思いがけず運ばれることも多々あるものだがそのことも知りながら、
状況と環境のもと、自然に、無理なく、明確に、そして強く、イメージを試みる。

重力と慣性のもと、速度や角度のもと、勇気や呼吸や挑戦を伴って、
私たちはこの世界で経験を積む。

まるで人生の模型みたいだなと体感した。
きっと何事もそうなのだ。
なんだか爽やかでこれはこれでとても面白かった。

彼らを好きになって手にしたロングボードは今はドラムを叩く友人である先輩のもとにあるが
私の心にはそんなことが残った。ことあるごとに思い出されてこれもまた嬉し楽しいものだ。

ーーー

伴う騒音もあって彼らは、しばしばキックアウトをされながらも、
生じる感情に流されず、集中する時間を笑いあって街を駆けていて素敵だった。

夏の昼間や夕方や夜の街を眺めながら、イメージと具現の経験と体感を競いながら積んでいく。

外国で出逢ったスケーター達もそんな感じだった。
彼らと彼らは言葉を交わさずともきっとわかりあえるだろうと思う。

Yawn of sleepy

open

「open G collection / Heidi」

Asami(踊り手/演じ手)によるライナーノート

彼女の美しく儚い歌声と紡ぐ音はゆらぎとなり、私を包み込む...

目を閉じると不思議と北欧の大自然が見えてくる...
冷たく澄んだ空気、あたたかな陽ざし、そして春の訪れ。
色々な花が咲き始め、心地よい風が吹く。

ゆらぎはさらに静かに語りかけ、色々な想いも導く...
待ち遠しさ、あたたかさ、優しさ、心地よさ...恋しさ。

目を開けた時、自分が色々なものと繋り、幸せに包まれていることに気づく。
きっと彼女からの贈り物だ。

私は光が射し込む始まりの時にこれを聴くことになるだろう。
この出逢いに感謝したい。
ありがとう。

Asami

Cutting

「Cutting Beat Instrument Draws Happiness[EDITION] / Cutting Beat Instrument Draws Happiness」

Cutting Beat Instrument Draws Happinessによるセルフライナーノート

The same particles pour also into night also in the daytime.
Sound of gentle language.
Only it is merely. Dreamy state of mind.
A day called today is also done now somehow.
That it can say, the thing which can be done.
That it can consider, the done thing.
Hear it. Understand.
See. Decide.
I think that what is necessary is just to remove
as many things as possible by one cough.
It is in your life about the best thing.
The best construction which you can cause.
Great Great Big time.

夜にも昼にも、同じ粒子が降り注ぐ。
素直な言葉の響き。ただそれだけの夢見心地。
今日という日も、これでなんとかやれそう。
言えること、やれること。
思えること、すること。
聴くこと。わかること。
見ること。決めること。
咳払いひとつで、なるべく多くのことを取り除けたらいいと思う。
最良のことをおまえの人生に。
すばらしく偉大で最高な、おまえがもたらしうる最良の建築に。

Cutting Beat Instrument Draws Happiness

SHAPE.ep"/

「SHAPE.ep & 落日と机上/ kaetsu takahashi」

HyochaNによるレビュー

ノイズというものは、エレキギタリストにとってのひとつのテーマといえるかもしれない。
歪みエフェクターを掛けた時に限らず、配線や電子回路が劣化した時、ピックアップマイクが不要な音信号をキャッチした時、
計算外のノイズは容赦なくミュージシャンの意図の隙間から出力に紛れ込んでくる。
日々多くのミュージシャンが、技術者が、
あらゆる音楽の現場で発生するそういった計算外的ノイズを取り除こうと試行錯誤している。
それは演奏者自身の思い描くメロディーや和声といった音像をより鮮明に聴衆の耳に届ける為なのだが、
ならば、そういったノイズが発生する構造的要因までをも理解し、音楽表現に利用することが出来たなら───
思考の回路に落とし込んだその先で、果たしてどういった世界が描けているのだろうか。

kaetsu takahashiが今回新たに届けてくれたふたつの作品。前作「defuse.ep」からの延長線上にあるようなサウンドで、
心の中のしこりを内側から溶かしていくかのような美しいハーモニー、その余韻は健在だ。
しかし、そのギターサウンドの輪郭は前作よりはっきりと歪まされ、より大胆に、
時には迫りくるように聴く側の心に揺さぶりを掛けてくる。
それは、単純な音質や精度の話でいうなら非常に美しく、
しかし同時に焦燥や何かしらの不安感を明示している音のように聴こえなくもない。
コロナウイルスの蔓延に伴い、一時は世界中が経済活動を停滞させ、
我々ミュージシャン達もその憂き目でほとんどの演奏活動を自粛せざるをえない状況にあった。
今はその非常事態も少しずつ緩和されてはいるものの、世界はまだ落ち着きを取り戻しているとは言い難く、
何を実行し、何をすべきでないかの判断に常に細心の注意と理性を求められている。
またSNSやTVでは、政界や芸能界におけるあまりに大きな変化や動乱について日々議論がなされ、
その立て続けに先行きは一層不安にさせられるばかりである。
そんななかでkaetsu氏が新たに鳴らすギターのサウンドは、
そんな世界の動向をあまりにも精密に、慎重に捉えるかのように鳴り流れていく。
今回新たにリリースされた「Shape.ep」、そしてYouTubeにて映像として公開された「落日と机上」は、
そんな世界を覆う不安感や緊張感が反映されたかのような、
いや、それらがkaetsu氏のセンスや電子回路を通じて我々の前に現れたかのような、
凄まじい作品となっている。

別々に紹介していくことにしよう。
3曲入りepの「Shape.ep」は、Yawn of sleepy氏のボーカルとのコラボで制作された、
kaetsu氏本人曰くソロ名義では初の歌モノ作品。前作defuse.epの2曲目「expose」を想起させるような、
優しく自然を浮遊させる音像の「Dawn」から、その世界は幕を開ける。
音像的にも前作から地続きのイメージを感じるほか、
ソロパフォーマンス「落日と机上」からも繋がりくるようなタイトルから
kaetsu氏のあらゆる作品に通底していく支脈のようなものも感じさせられる。
その中心で深々と、Yawn氏のボーカルやリズムトラックがその血色を伝えている。
一転して、精密過ぎる機械の輪郭をなぞるように始まる「Shape」。
Yawn氏の諭すようなボーカルが、その脈動の深くを支えるイメージをサインのように切り取り伝えていく。
ところで、このepはYawn氏の歌と1曲目のリズムトラック以外の全てのトラックがkaetsu氏のギターで構成されており、
それらのパルスは一見不規則ながら非常に精密な一定性のリズムも併せ持っている。
それらが折り重なり生まれる音楽は世界観もさることながら、
まるで地球というひとつの生命体の拍動を聴かされているようでもある。
表題曲でもあるShapeは、まるで時代の変化のタイミング───
その瞬間を切り取ったかのような、深刻さと潔さを静かに映し出す。
最後を飾る3曲目の「またわらう」は、
Yawn氏による日本語詞のメッセージとkaetsu氏のノイジーなギターとの掛け合いで展開される。
ストレートながら強烈な緊張感をはらんだ、言わば"浪曲"のような印象だ。
曲の芯を陣取るように一定のリズムを刻むギターのトラックは、
エンドロールを彷彿とさせながらかつ裁判官のように公平に両者を睨み合わせ、均衡を取り持っている。
それらを全て解放するかのように、まるで新しいスタートを決断するかのようにepは終演するのだ。
単音同士の余韻と開始の重なりという、音楽を構成する最低限の部分に重きを置いた前作と打って変わって、
数トラックに分けられたギターサウンドやボーカルが明確に楽曲を構成しているこの作品。
前作のイメージと比べると非常にノイジーな音が目立つが、
それゆえに浮き立つ輪郭が薄暗い世界観とも相まって更に緊張感を際立たせているといえるだろう。
また、独奏的なテクニックとして楽曲に組み込まれるような"リードギター"的奏法や、
エレキギターにおいてはある種"飛び道具"的な奏法を、パルス的に用いて楽曲を構成するというその手法は、
演奏の録音時にリアルタイムで音の出力や揺らぎのタイミングを調整するぶん非常にテクニカルな行為で、
邦楽でいう所謂"間"の性質を充分に理解していない限り成し得ない。
不気味な程の自然さを、知れば知る程虜になっていく。
kaetsu氏の長きキャリアにおける飽くなき探究心や、数多のライブやコラボレーションの経験、
そして何より柔軟で職人的な発想力が導き出した作品といえるだろう。

そして、もうひとつ映像とともに公開されたのが「落日と机上」。
こちらはワンショット録音のソロパフォーマンスで、
45分を超える非常に長い時間をかけて徐々に移り変わっていくサウンドの世界観が非常に濃密。
一本の無声映画を観ているようであり、非常に大きな現象をスローモーションで観測しているかのようなイメージもとれる。
いずれにせよ、集中力を注いで大切に鑑賞していきたいサウンドだ。
こちらはむしろ、彼のソロやSabachthaniでのライブパフォーマンスを体感したことのある方にとっては
既に慣れ親しんだスタイルかも知れない。
彼にとってのエレキギターは、配線からエフェクター、アンプ、スピーカー、
更にその配置やマイキングに至るまでをも含めたうえでのひとつの楽器。
更にはギターに取り付けられたピックアップマイクの向こう側で鳴る=ピックアップマイクが拾う音すらも、
今回の演奏においては考慮されていると映像から見て取れる。
言わば、ギターを取り巻く環境の全てが、kaetsu takahashiの音楽となり得る訳だ。
それゆえ、スタンドに立て掛けられたエレキギターを、文字通り手に取る前からその演奏は始まる。
実音が、何かを表現するその"環境"をセッティングしているかのような導入部分。
そこで鳴らされている音は、セッティング中に不意に弦を触ってしまって鳴るような、
通常のギタリストにとっては所謂"NG"なノイズ。
しかし、あらかじめONにされたエフェクターによって、そのノイズはあまりにも明確に"ひとつの世界"をスケッチし始める。
そしてギターを背負ったkaetsu氏のピッキングによって、満を持して鳴らされるギターの実音。
ノイズの群れの中に、まるで瘴気をまとったかのような低めのハーモニーの揺らぎがひっそりと現れる。
不穏に響くそのメロディーのなかに映る仄暗さや美しさ、時には激しさ。
それらはエフェクターのスイッチやノブの引き起こす繊細な作用によって細やかに形を変え、
シーンとしても独立するように進行していく。
それぞれのシーンは、やがてその演奏のなかで臨界点を告げるように収束していく。
しかし目に映る月の裏側が存在するように、
その裏で思案されていた現象達が更なるイメージをまとった次のシーンとなって立ち替わり入れ替わりで現れ、
曲をひとつの大きな宇宙へと変貌させていく。
闇のひとときを思案するかのようなその宇宙は少しずつ少しずつ変容を繰り返し、深淵を開拓していく。
限界まで膨らみ切った宇宙はやがて咆哮し、充分に唸りを上げたその先で、
時間経過を大いに讃えるように無限に煌めき出す…そして、更に深く…
それは、静かに…ゆっくりと…音に導かれるままに陽を落とす、
あまりに繊細で緊張感に満ちた音楽行為の記録だ。
リアルタイムでの音響構築にこだわるkaetsu氏の集中力が遺憾無く映し出された45分。
彼の音楽に対する愚直ながらもフラットで懐深い姿勢が、
音の持つ魅力を何倍にも増幅させているのが見て取れる、素晴らしい映像作品だ。
是非最後まで、彼が描き続ける音楽の宇宙に浸り続けて欲しい。

エレキギター音楽の潮流は、世間を騒がせるようになってから未だ100年にも満たない短い歴史で、
そんな状態のまま全世界に波及し浸透していった、言わば全く新しい傾向の音楽である。
それゆえに、一方からは変化を押し付けられ、また一方からは安定を強いられ…
古典的な体系がまだ確立されていないがゆえの議論が後を絶たないように思う。
暫くは多くのギタリストが、排他的になってまでも好きなことを追い求めていくだろう。
それ自体は、非常にポジティブなことだと思う。
しかしエレキギターを取り巻いた過去のあらゆるシーンやジャンルを俯瞰して見ることが出来る現代で、
kaetsu氏の音楽はどんな体系にも属さず、またその音は聴けば聴く程に、
ジャンルや時代を超えたあらゆる発想にリンクするよう響いてくる。
そしてそれは現代だからこそ、本当にただギターを弾く者としての"ギタリスト"を愚直に聡明に実行し続けることが出来る、
ひとつの道を創る音楽のように思うのだ。

コロナによる自粛期間の最中に制作された「defuse.ep」。
自粛は解かれたものの、ミュージシャンにとってあらゆる活動が緊迫した時期に制作された「Shape.ep」に「落日と机上」。
時代や身の回りの変化と噛み合い、スピーディーかつ柔軟な発想でそれらは形となった。
kaetsu takahashiが生きる時代のなかで、
淀みなく積み重ねた彼自身の感性を、彼自身が迷わなかったからこそ出来た作品なのだ。
SNSもTVも社会も、処理に困るノイズのような情報に満ちたこの世界。
だが個人が所有出来るようなPCやインターネットの歴史は、まだエレキギターのそれよりも短い。
長い時間は掛かっても、kaetsu氏のように淀み無き自分と幅広い感性をもって世界を俯瞰していけば、
日々のノイズと共に生きる術がきっと見つかる筈だ。

世界情勢はまだまだ混迷を極めるばかりで、暫くは国内でも大きな移動は躊躇するような時期が続くだろう。
ミュージシャンにとっては遠征やツアーが出来ないぶん、音源や映像などの形に残せる作品こそが、
音楽を通じた交流を絶えさせない為の一種の手紙のような役割を果たすものになると思うのだ。
コロナ前のkaetsu氏は月に何度もライブを行い、常に勢力的な表現活動を続けていた筈だ。
それが難しくなってしまった今、それでもこうして表現の記録を残してくれていることは非常に嬉しく思う。
彼の音楽は、直感的で、柔軟で、実験的で、非常にスピーディーだ。
だが彼が鳴らすその1音1音には、あまりにも広大で誠実な宇宙がつまっている。
私は関西の人間で、彼のライブを見に行くことも、会うことすらも難しい。
だからこそ、彼の作品をゆっくりと鑑賞し、
また2度もこういった文章に起こす機会まで頂けたことを心から感謝申し上げたい。

本当に、ありがとう。
あなたの音楽、確かに受け取りました。

HyochaN(音楽家)

Little

「Little One / 關伊佐央」

關伊佐央によるセルフライナーノート

Yawn氏に”即興は得意ですか?”と聞かれたときに、
咄嗟に思い出したのは、Neil Youngの"Le Noise"だった。
Ice Cream Studioのシンメトリックな風景と、
当アルバムのジャケットが瞬時に結びついたからかも知れない。
Yawn氏にアルバムタイトルを伝え、
YouTube上にアップされていた音源を僅かに確認した後、
”これで行きましょう!"の一言でレコーディングが始まった。

録音された3曲のうち、
最後の1曲を除いて、純然たる即興。
歌詞もその場で紡いだ。
言葉として成立していない箇所も多々あるが、
それもある種の”生々しさ”として、
楽しんでもらえると思っています。

宜しければ。

關伊佐央

落日と机上"/

「落日と机上 / kaetsu takahashi」

taura yorihisaによるレビュー

冒頭に断っておきたいのだが,筆者には,この作品を――その総体を――論ずる資格がない。
筆者は音楽,映像,それらにまつわる技術論云々について,
専門的な教育を受けたこともないし,さしたる知識も持たないからだ。
端的に言えば,勉強不足ゆえである。
それでも,kaetsu takahashiと近いフィールドで活動し,時には作品の制作を共にした者として,
多少なりとも言えることはあるだろうから,無理のない範囲で書き連ねておこう。

kaetsu takahashiはバンドSabachthaniのギタリスト兼リーダーである。
彼のキャリアを概観した際,派生したユニットやバンドは無数に存在するが,
ここではSabachthani以外のそれらには言及しない。話が煩雑になるのを避けるためである。

さて,Sabachthani名義で
ドイツのレーベルSPHEREDELICからリリースされたアルバムBasement Tales(2014)から話を始めよう。
レーベルのウェブサイトはこの作品を
「エフェクトを多用したギターによる叙情的な即興演奏が印象深い作品だ」と紹介している。
発表名義こそSabachthaniだが,この作品は現在,kaetsu takahashi名義で発表されている諸作品と地続きであり,
その萌芽と言ってよい。それらは,複雑なエフェクトを多用したギターと即興演奏という共通項を持つ。

ここで,即興演奏(improvisation)という厄介な,しかし避けては通れないタームが登場してしまった。
此処より先,本稿の大部分は,この(kaetsu takahashiによる)即興演奏をどのように観るか,
あるいは聴くかの説明に終始するだろう。
それは,“この動画において何がおこなわれているのか”を捉えていく作業と同義である。

「幾千の声を持つすべての多様なもののためのただひとつの同じ声,
すべての水滴たちのためのただひとつの同じ《大洋》,
すべての存在者のための《存在》のただひとつのどよめき」があるならば,
すべての音楽のための《音楽》もまた存在しなければなるまい。

ひとつひとつの水滴は,水滴である前にあらゆる水滴を内包する大洋であった。
ひとつひとつの存在者は,あらゆる存在者を内包する存在であった。
水滴も存在者も現働的な領域における二次的な結果である。

他方,大洋や存在と共に,潜在的(一次的)な領域には,
音楽ジャンル,例えばジャズとか,ロックとか,ヒップホップとかに分化していない一次的な音楽がある。
CDやレコードに録音されていたり,楽譜に記されていたりと,
何らかの手段をもって何度も再現可能な音楽(一般的には「曲」と呼ばれる)は,
潜在的な領域から現働的な領域へ立ち現れた音楽のひとつの「結果」である(または「結果」でしかない)。

ところで,潜在的な領域は単なるカオスではない。カオスは潜在的な領域のさらに手前にある。
カオスは,不連続的瞬間の明滅に過ぎず,そこでは諸要素が無限速度で現れると同時に消えてゆく(まさに「瞬く間」に!)。
即興演奏は,カオスから諸要素を結びつけ,
何ものかを形づくることで現働的な領域へ現出させる過程であり,システムである。

では,即興演奏者はいかにしてカオスを潜在的な領域へ掬い上げるのだろうか。
それは想像と縮約によってである。
主体の背後にあるパーソナリティー(人格や経験や技術や記憶や思想,
そしてもちろん偶然(ラック))がカオスの中から音楽を救出し,
潜在的な領域のトンネルを抜けた先の結果を決定する。これが即興演奏者のプレイヤビリティーである。

即興演奏を鑑賞する面白さは,
演奏者がいかようにしてカオスを掬い上げるかという問いから展開されるプロセスの面白さのことである。
その方法論は多種多様であり,演奏技術にフォーカスする者もいれば,偶然性にフォーカスする者もいる。
しかし,大抵の場合,パラメーターがひとつふたつしかない演奏者はそれほど面白くないものである。

kaetsu takahashiは確固たる演奏技術を持ってはいるが,
エフェクターをバグらせて偶然の演奏に身をゆだねることも厭わない。
ハードウェアの構造に通じているが,ロマンチストでもある。
非常にチープな物言いだが,これほど「柔軟な」演奏者は他に類を見ない。
その手際はあまりにも如才なく,平々凡々な筆者の眼には,まるで特権的な異能者,呪術師の類のようにも映る。

フレーズだけを切り取れば,『落日と机上』からはあらゆる音が聴こえる。
ハードロック,ジャズ,シューゲイズ,アンビエント……。
しかし,それらのジャンルの総和として即興演奏を捉えることにはほとんど意味がない。
むしろカオスから新たな意味を精錬する過程そのものを楽しみたい。
それはカオスとの優雅な闘争である。

冒頭に宣言した通り,筆者にはこの映像作品を十分に論じる資格がない。それはこの作品が「映像作品」であり,
「YouTubeというメディアで公開されている」という2点を解きほぐすことができないからだ。
映像には撮影者が存在する。即興演奏という過程の外には,その様子を撮影者が映像に収めるという過程がある。
さらに,YouTubeというメディアは,膨大なデータをもとに,
あらゆる動画が氾濫するカオスの中に意味を付与していく特権的な潜在的空間である(これは筆者の所感だが)。
こうした多重性を十全に解説することが,今の筆者の力量ではどうしても叶わない。
残念なことだが,ここで筆を擱くべき時が来たということだろう。


taura yorihisa

SHAPE.ep"/

「SHAPE.ep / kaetsu takahashi」

Taikokissieによるレビュー

一聴して「これは不思議な夢を見るかもしれないアレだな」と思う。
ループしてうなされるタイプかまたは、心地よい理想郷かもわからない。
ライヴ直前にドラムのセッティングがずれてエライコトになるやつとか。
辺境の地で昼間のんびり自転車をこいでるのとか。
どう転ぶか見るまでがギャンブルなのです。
以前の例で云えば delarosa & asora , latin playboys , arto lindsay , cibo matt 等々。
私には思い出される。
千切れ飛ぶギター。歪まされ(ディストーション)先延ばしされた(ディレイ)声。 

眠る前に聞いてリラックス出来るような気もするのだが、
時に鋭いリフで緊張感とせせら笑うかのような唄いもチラリと、煽られる。
いわゆるロッククラッシック的要素も散りばめられているが、一筋縄ではいかない、難解で絡めとられる甘い罠だ。
上質なミステリー小説で、ニヤニヤしながら「ここに仕掛けの伏線があったか」と読み返す面白さにも似ている。
この二人はなかなかに策士だと感じる。魅力的な問題作、この短編集に感謝します。

「てのなるほうへ」誘われるまま再生ボタンをもう一度。

Taikokissie(I LIKE YOUR ANGER / DUB PASSENGERS)

SHAPE.ep"/

「SHAPE.ep / kaetsu takahashi」

at her open doorによるレビュー

霧のかかる針葉樹の森、都会の喧騒、濁った光を思わせる楽曲群。

繊細かつ強い意志を感じるギターサウンドと幽玄に語り響くボイスが、
このコロナ禍で体験する機会を失った情景を目の前に繰り広げてくれた。

プログレッシブロックやアートロックを思わせるギターサウンド、
その音質とフレーズのこだわりは、
ギターという楽器の在り方と雄弁性を再発見させてくれた。

at her open door

落日と机上"/

「落日と机上 / kaetsu takahashi」

Tia Rungrayによるレビュー

何年も積み重ねてきた技術と思考の上に成立させた演奏形態。
其れが決して到達点ではないことを認識しつつ、
是迄の内向的な音からより一層外向的な印象を持たせるようになつた。

其の所為か、強固にイメージされた具象的なものになつている。

層が幾つにも重なつた音像、滲む音と映像。そして、残響。
眼と耳を向けると、其処には情景が具現化される。

幼き頃に見た窓の外の風景。肌に触る湿気。
時を経て、其の光景が思い出される場所といふのはどのやうな状況だらふか。
そして、其れから感じるモノは懐かしさだらふか。それとも、絶望だらふか。

といつたことを聴きながら想像してみるのも、楽しかつたりする。
素晴らしき作品だ。

Tia Rungray (音楽家)

SHAPE.ep"/

「SHAPE.ep / kaetsu takahashi」

Cobaltによるレビュー

カエツ・タカハシ氏より秋の便り届く。
ギター1本で様々なアプローチをする氏の音色の足し引き塩梅や配置具合、
カエツ脳エフェクトを通し構成される編曲センスは独特の浮遊感がありつつも少し苦味の効いたアレンジが魅力。
ソロ名義では初ゲストヴォーカル参加作品と伺いましたがYawn氏の「歌」もギター同様限りなく自由で面白い。
今回は3曲収録epという事もありすぐに聴き終え若干物足りないのですが、
メロディアスな歌などが入ったものなんかも聴きたくなりました。

Cobalt(SSW/PoetPortraits主宰/moools/ジュリアーノetc.)

GNKC"/

「GNKC / GNKC」

GPPによるセルフライナーノート

僕が組んでいるHipHopユニット・NG-WoRdの相方、Nashi-KenとSNSで繋がっていた、佐賀出身のラッパー・KOFFIE氏とコロナウイルスによる自粛期間中に楽曲制作をしようと話し合ったことが全ての始まりでした
そこで、僕がIce Cream StudioでRECすることを提案したことで、この作品が誕生した
ディレクターのYawnさんの様々な意見もあり、フリースタイルでラップをしたり、ビートメイクを即興で行ったりと、
かなり実験的な要素も盛り込まれている今作
そう考えると初めての試みもあり、試行錯誤はいつもの創作活動以上にあったと思います
まるで、脳を爆撃するかのようなサウンドと言葉の羅列に僕自身も作りながら、食らっていました
僕が制作したトラックもKOFFIE氏が作り上げたトラックもHipHopのテイストは特濃と言っていいほど流し込まれている
是非とも、僕らが作りあげた浦安発世界行きの一枚を最後まで聴いて欲しい
僕もこれが世に放たれていくことにワクワクしています

GPP

PASTBUSTERS!"/

「PASTBUSTERS! / SHERLOTTSTAR」

SHERLOTTSTARによるセルフライナーノート

これは彼の傷口をさらけ出した作品だ

すっかり錆び付いて響かすことのできなくなったフレーズ
まるで弾の抜かれたピストル

この男が終わりに見てきたもの
その時負ったヤケド
出会ってきた人物
終わりから始まる…旅の果て

明記されたタイトルコールは
こいつの手元にしかない足跡だらけの地図なのかもしれない…

SHERLOTTSTAR

GNKC"/

「GNKC / GNKC」

KOFFIEによるセルフライナーノート

今回、ユニットとして初参加したEP。GPP氏からお誘いを頂き参加させて頂いた。
以前からマイクリレーの音源には2回程参加し、自分はこのままソロラッパーとして活動していくのかな、と思っていた。ありがたいお誘いだったので二つ返事で参加。
現在コロナ渦中に、家にいながらでも音源を作ろうというビッグイベントを企ててくれたGPP氏からの良いお話。乗らずにはいられまい。しかもお題は、"STAY HOME"。その音源を、RELEASE FROM HOME。

まず、ユニット名が"GNKC"。GPPとNashi-Kenと私、KOFFIEの頭文字を取って、更にCrewの"C"を付けてこのユニット名が"GNKC"となった。今後、変わる可能性も大有りである。
緊急事態宣言解除されたこともあり、GPP氏からIce Cream Studioというところでレコーディングをやらないか?とまたまた良い案件が来たので、またまた乗るKOFFIE。新浦安まで電車に揺られ移動。
出会ったエンジニアさんはYawnさん。ワクワクしながらレコーディングに臨んだ。

それでは、音源を紹介。まずは"RHYTHM"。Ice Cream StudioのYawnさんが、持っていた機材を使用し、全ての作業を即興で行う。トラックメイク、ラップ、映像、正にHIP-HOPを感じれる一曲になっている。
個人的に、Nashi-Ken氏の即興が、オフビートになっているものの、形になっておりクソカッコいいとこが魅力的。
次に"KING"。確か、機材を席替えして使っていたということから、私が「王様ゲームというタイトルはどうか?」と提示したような気がした。その王様というのを英語にし、"KING"へ。それぞれの王様に対する概念を歌詞化させ声を録る。
Hookはシンプルに、"WE ARE THE KING"。そのリピート。3人の王様の振る舞いを、特とご覧あれ。
次に"BAT"。コウモリの曲である。私のリリックはコウモリのイメージを捨てたくなかったので、自分をコウモリに見立ててリリックを書いたのだが、正直言うと、バットマンのことを書きたいと思っていた。
だが、GPPかNashi-Kenどちらかがもしかすると書くかもしれないと考えたので、コウモリをイメージするだけにした。
案の定、GPP氏がバットマンのことを書いていた。ゴッサムシティをリリックに入れているところは、DCコミック、ましてやアメリカンコミックスが好きな人には、突き刺さるリリックになっている。
Hookがこれまた、Nashi-Ken氏のバースの頭2小節分のリリックをリピートしており、独特の世界観を持った一曲となっている。
そして、"STAY HOME, STAY FUNKY!!"。今回のEPのリード曲。トラックはGPP氏によるもの。ただ、ベースラインを考えたのは、私KOFFIE。所謂、共作というものだ。
この曲はタイトル通りで、家にいながらでも音源が作れる、という肩書きで制作することになっていた。しかし、ただ家で各々がリリックを書いて、マイク録りをし、データを集わせて作るのも面白くない、という話になり、今回のレコーディングに至ったのだ。
なかなかファンキーでグルーヴィーなトラックで、それぞれのラップが輝いて聴こえる。今にも踊ってしまいそうな一曲になっているのではないか。
最後に、"Alcoholic"。この音源は、Twitter上で、Nashi-Ken氏が別のビートメイカーとコラボをしているのを拝見し、私KOFFIEもNashi-Ken氏と共に曲を作りたいと考えた時に出来た一曲。
共に飲兵衛ということもあり、酒にちなんだ音源を作ろうと企てていた。Nashi-Ken氏と話し合い、トラックはお洒落でバーカンで二人で飲み明かすかのような、メロディーライン自体多少明るさのあるイメージで制作。
酒飲みには持ってこいな音源。この音源を聴いて、一杯お酌したい気分になる。個人的には、ミドルボイスの私KOFFIEのフロウと、ローボイス且つハスキーなNashi-Ken氏のフロウが絶妙にマッチしているのが、良いところ。

以上が、紹介と曲説が一緒になったような、私、初のライナーノーツである。ユニットでEPが作れるということがいかに楽しいことか、話し合いながら制作をしていく様は、まるでデビュー間近のアーティストのような雰囲気だった。
次回またEPを出す時まで。Thank you for reading this.

KOFFIE

もんころんの現状1&2"/

「もんころんの現状 / monkorn」

rengeによるレビュー

昼下がりは、気怠くてじっとりと汗ばむ。そんな暑さの中で、床に上に寝転んだまま、窓を開けて風が通るのを待っています。
薄目に見る色。それがなんなのか問う訳でもなく、ただぼんやりと外を見ているだけなのに、
チラチラと鳴る風鈴の囁きにはしっかりと耳を傾けていて、風がやってきた合図を見逃さないようにしているんです。

彼の音楽の特徴でもある、反復するギターのループサウンドは、終わることのない平坦な日常を想像させます。
穏やかな波に揺れているような、宙に浮いているような、まるで夏の昼下がりのような、瞑想時間のお供に良質な音楽でしょう。

心地よいサウンドに広がる歌詞世界は、時に子供のように鋭くて、弱さの中にある小さな物事を見逃しません。
その純粋な眼差しで見る世界観が更に徹底したファンタジーの世界に迷い込ませていきます。

今作には、過去にリリースされた作品も含まれますが、アレンジが大きくかわり、
これまでの閉鎖的な居心地から、少し窓を開けて新しい風を取り込んだような清々しさを感じられます。
まるで柔らかな光が差しているような光景が目の奥に浮かびます。
この作品の最も輝く部分は、もしかしたら、その「変化」にあるのかもしれません。

夏の日の休日。
「もんころんの現状」を聴きながら。

renge

もんころんの現状1&2"/

「もんころんの現状 / monkorn」

竜市[johann]によるレビュー

もんころんの新しい音源を聴くために、イヤホンをして久しぶりに沢山歩いて電車にゴトゴト揺られました。

現状-1について
頭からお尻まで終始かかってるプレートっぽいリバーブ。
ギターや歌の帯域が分けられてる訳ではないから正直聞き辛い部類に入ると思う。
けど、時折不意に歌詞が飛び込んでくる。
特にスリッパおばさんの歌詞は、自然に脳に飛び込んでくる。
思考の余白がある音楽を奏でる友人達が周りから減っていく中、
久しぶりに会った彼と彼の楽曲はとても信念を感じた。
ここで言う思考の余白っていうのは、なんていうか、
"発展途中で、感想を聞きながら磨いていく音楽"って意味。
歳とってくると自分を満たすハードルって上がってくるから。
静かな激情。

現状-2について
打って変わって、1に入っていた楽曲のしっかりしたアレンジが入っている。
僕の感覚だと正直こっちの方が聞きやすいし、1に入れるべき内容だと思う。
けど、弾き語りという音楽家にとってはちょっと緊張するアレンジをメインに出してきたもんころんから
アンチテーゼやパンクスピリットを感じる。
そして、不意に来るライブ音源達。このライブ音源達がかなりいい。もんころんの本領発揮って感じ。
音源よりも、沸々とした怒りや悲しみを歌に含んでる感じがする。
しばらく会わないうちにたくましくなったなあ、、とちょっと感慨深くなってしまった。
そして、流れで聞いて思わずにやっとしてしまった半径の存在。ノイズギターぶち込んできた笑
ただこのノイズ、適当に入れてるわけじゃなくて、
しっかり曲と歌を生かすように入れられてるような気がして、めちゃくちゃいい。

最後まででじっくり聞き終えて、彼と会ってなかった8年の間に何があったのかを感じさせてもらった。
同じリュウイチ同士、音楽を続けていることがとても嬉しいです。
"新しい音源出来たんで聞いてください" この言葉、彼とは死ぬまで言い合いたい。
で、互いに誉め合ってニコニコしたい。
バンドマンや演奏家にとって、曲のやりとりしてる時間て至福なのよ。

竜市[johann]

GNKC"/

「GNKC / GNKC」

Nashi-Kenによるセルフライナーノート

これは良くいえば実験的な、悪くいえば行き当たりばったり(笑)なEPである。
そもそものきっかけは、新型コロナウィルスの蔓延による自粛期間に制作した楽曲であるStay home,Stay funky、alcoholic(本作4、5曲目)のレコーディングを千葉県浦安市に拠点を構えるIce Cream Studioで行うということに決まったことである。

そこでIce Cream Studioのディレクターであるヨウヘイさんの「じゃあ今日はEP1枚ぐらい作っちゃう?」の一言で事態は一変した。「EPを作る?トラックは??リリックは???」何も用意してない中、卓上にはドラムシークエンサー×2と
シンセサイザーが並んだ。「0から作るって…1日で何曲も出来るのか?」結論から言うと、出来た。
いや、強引に作りあげたという方が正しいかもしれない。

1〜3曲目はトラックは完全にフリースタイル、1曲目のRhythmに関してはラップもフリースタイルである。
止まる事のできない、ギリギリの緊張感の中、己の感覚とインスピレーションのみを頼りにした3人の主張が絶妙なバランスで作り上げた3曲となっている。

4曲目、Stay home,Stay funkyは、自粛期間をテーマにした曲。家に閉じこもりながらも音楽に没頭する3人の姿が描かれている。5曲目、alcoholicはワタクシNashi-KenとKoffie氏による「自粛の曲ばっかで疲れるし、自粛で飲酒量増えたから飲兵衛の曲作ろう」がコンセプトの曲。

遊びたくても遊べない。そんな鬱屈とした気持ちを思い切り解き放った、おもちゃ箱の様なEPになっている。
まだまだ思う様に遊べないけど、これを聴いて少しでも楽しんでほしい。

Nashi-Ken

もんころんの現状1&2"/

「もんころんの現状 / monkorn」

Yawn of sleepyによるライナーノート

勇気を要する。
顕微鏡をメガネがわりに生活をしているようなものだ。
「分析」するまでもなく「嘘」を見抜いてしまう長谷川隆一氏のうたのことばは、
心に都合の良いフタをしようとするままでは触れることが出来ない類のものだと思う。

私達はそれぞれ等しく、人生と暮らしの苦楽の中にあって、
私達はそれぞれ等しく、ここにある心というものがより良い形になることを願っている。
にも関わらず、
自身と向き合ってそれらの形や現在位置を知ることがやはりいつも容易には出来ない。
かつて近くにいた者も、今一度それをする者も。

高い解像度で記録された言葉たちのどれかひとつを手にとって受け入れることが出来たときに、
突然わかりだして鳴り出す「音楽」というものが、この人の世にはある。

日々の中にある消えない期待、消えない良心。
それらの裏側にある影についての、止まることのない「観察」。

長谷川隆一氏とmonkornの音楽と記録に、尊敬と感謝をおくりたい。

Yawn of sleepy

primal"/

「Primal / Hal」

Halによるセルフライナーノート

自己肯定を空気の中に入れて音としました。
全てが初めてなのに、
もうずいぶん昔に知っていたような作業をしました。

Hal

naked

「On Tiny Joy / アラカキヒロコ」

アラカキヒロコによるセルフライナーノート

2019年の暮れ久々にアイスクリームスタジオに寄ったときの録音が今回のEPになってます。
旧曲で長い間眠らせてしまっていたけど、実は好きな『Life on the click』と、
『Gift on the day』『Voice on the sphere』という2つの即興歌。

ときどき、神様か何かの使者のように目の前に人や出来事がやってきて
今の自分に必要なことを告げてくれるってことがあったりします。
『Gift on the day』はそんなある日の情景。
『Voice on the sphere』は、遠い国のソングライターから届いたメッセージ(音楽)について。

不得意な上に永らく触ってもいないギターをなぜか弾く流れになり、
いつものピアノを置きスタジオにあったオベーションをつまびきつつ歌うという冒険の回に。
アイスクリームスタジオでの録音ってなんでいつも冒険を強いられるんだろう(笑)
でもおかげで、ギターって柔軟な優しい楽器だなと再認識しました。

Yawnさんらしい空間系な「ice cream studio version」と
素の「sofa version」が交互に(夢、現実、夢、現実・・って感じに)並ぶ、
実験的で遊びゴコロある作品になったと思います。
アートワークも手がけました。

この作品は、何らかの楽曲を月1で発表する私のプロジェクト
"HMTP"(Hiroko's Monthly Tune Project)とタイアップしていて、
HMTPとしては第7弾目、2020年5月度の作品です。

リラックスして、歌も日々もささやかな喜びにのせていく、みたいなイメージで『On Tiny Joy』。
Everything goes well. It’s going to be alright.

アラカキヒロコ

naked

「フェブラリーマーチ / 市川淳之介×ウチヤマシンイチ」

市川淳之介によるセルフライナーノート

たくさんの情報の中で
この音源に辿り着き
さらにたくさんの選択肢の中で
この音源を聴いてみようと思い

"でもどうしよう…"
"なんかよくわかんないアーティストだなぁ…"
"視聴してみたけど意味わかんない作品だし…"
"フルで聴く価値あるのかな…"

なんて色々悩んだ末に
"やっぱり全部聴いてみよう"
と思い切った極少数派のあなたに…
僕から言葉で伝えられることは何もないのです。

なぜならば
プレイした僕と
そしてきっとウチヤマくんだって
この音源に関しては
"言葉で何かを伝えることが不可能"
なのです。

作詞、作曲、アレンジ、レコーディング、
そういった創作作業をその日、その場所だけで
書き、創り、歌い、弾き、融合させ、
全てを一度きりで完成させた音源だからです。

故に後々当てはめる言葉などあるはずがないのです。

しかし
せっかく今回この作品のライナーノートという場所をいただけたのですから
なんとか無理やり
"真意の後付けの言葉"
を見つけたのでそれを伝えさせてください。

この音源を全曲聴いてくれた極少数派のあなたへ

「ロックンロールの向こう側へようこそ」

市川淳之介

naked

「naked sings / 市川淳之介×ウチヤマシンイチ」

ウチヤマシンイチによるセルフライナーノート

とてもいい。
市川淳之介君が提案したこのタイトル名を初めて聞いたときそう感じた。

"naked sings"造語だ。"naked"は「裸の」とか「剥き出しの」とかそういった意味がある。
"sing"は本来動詞だ。"songs"ではなく"sings"になっているところに拘りを感じた。
そう俺たちは「歌う」のだ。
アルバムタイトルの如く、それぞれが交互に歌い上げる。

俺らはお互い1975年生まれ。
生まれ育った土地も環境も全く違う二人だが、2004年にとあるイベントで初めて出会ってから
まるで他人の気がしない異様なまでの親近感。ビビッときたんだな。

お互いロックの道を突っ走り、紆余曲折もありながら、音楽と共に人生を駆け抜けてきた。
そしてそれは、これからも続く。それぞれのやり方で。

「愛することは痛みを伴うことだ。」
市川淳之介の歌には、究極の愛が詰まっている。
そしてそれは常に痛みを伴い、その痛みゆえのでっかい優しさに包まれる。
その瞬間に涙が流れ出すのだ。

そしてウチヤマシンイチ、そうこの俺の歌は…。自分で言うのは恥ずかしいな。
バンド時代から一貫して、「本当は後ろ向きな感情を引きずりながらも強引に前を向く」というスタイル。
だから、聴いた人からなんか心配されることも多々ある。
心配いらん。俺は幸せだ。

このアルバムは、ギター1本と歌のみの弾き語りライブ・アルバムだ。
俺ら二人のプライベートライブをそっくりそのまま収録した作品。
40代も半ばに差し掛かり、この年齢になったからこそ生まれる言葉たち。
そこにメロディーが加わり、歌という命が宿る。
ちなみにアルバム・ジャケットは「市川淳之介」君のかわいい娘さんが歌っている俺たちをスケッチしたもの。
なんて愛らしいんだ!素敵過ぎる!

極寒の2月。
浦安の大人の秘密基地、IceCream Studioにて。
ライブだから当たり前だけど、一発テイクなんだな。
ゆえの、「剥き出し」の感情と、着飾ってない「裸」のような荒々しい演奏と歌。
中年のおっさん二人が、天才Yawn君と一緒に、真剣に夜遊びして生み出された最高のライブ・アルバム。
なんかね、無性に聴きたくなるときがくるんだよ。

みなさんにも、そう思ってもらえたら、こんなにうれしいことはない。

ウチヤマシンイチ

re:day"/

「re:day / Day and Buffalo」

Rica Miimによるセルフライナーノート

Yawnさんの「他にもなにか撮っちゃわない?」の一言から始まった。

それまで、これらは、この日に歌う、弾かれる予定がなくて。

口ずさんだのは10代だったタツキさんの書いた、14年ぶりに歌うメロディーだった。
歌詞はうろ覚えで、打ち合わせは数秒。
おそるおそる 記憶を手繰りながら声に残った形状記憶で歌った、と思う。

アイスクリームスタジオの、月とフクロウが浮かんでいる印象的な
屋根裏部屋の椅子に座って紡いだ ジャムを切り出した録音です。

Rica Miim

re:day

「re:day / Day and Buffalo」

Kyohei Hayashiによるセルフライナーノート

記憶を辿りながらの懐かしい声とギターの音

Kyohei Hayashi

Landscape

「Landscape / HAYATO MOTOHASHI」

トロンボーン奏者 高橋真太郎によるライナーノート

素晴らしい世界観、そし美術館等で絵画または映像作品と一緒に流れているところを想像しました。
素敵なコラボレーションをぜひ実現させて下さい!

トロンボーン奏者 高橋真太郎

Landscape

「Landscape / HAYATO MOTOHASHI」

バルーンパフォーマー&チューバ奏者 市川重太朗によるライナーノート

素晴らしい!とにかく「カッコ良い!」です。
独特の世界観もあり良かったです。またチューバの素敵な音色はちゃんと聞こえてくるのが嬉しいです。

ランドスケープは私には透明で綺麗な風景が目に浮かびました!
アダージョは重厚なヨーロッパのお城がイメージできました。

バルーンパフォーマー&チューバ奏者 市川重太朗

Landscape

「Landscape / HAYATO MOTOHASHI」

吹奏楽作家 オザワ部長によるライナーノート

チューバでこういうアンビエントっぽいのを聴いたのは初めてだったので、とても新鮮でした☆

吹奏楽作家 オザワ部長

Landscape

「Landscape / HAYATO MOTOHASHI」

チューバ奏者 坂井翔太朗によるライナーノート

Tubaの音色って、Electricなアプローチをする時の幅というか、懐の深さみたいなものを感じます。
Landscapeのオクターブや空間系エフェクトが雰囲気に合っていて素晴らしいですね!

これは自分が演奏する時に思っていることの一つなのですが、派手さは無くていいのがTubaのアイデンティティなのかなと。
Adagioのダウナー系/ダークな雰囲気がすごくTubaらしいと思います。

チューバ奏者 坂井翔太朗

Landscape

「Landscape / HAYATO MOTOHASHI」

お笑い芸人 さんしろう吹奏楽部によるライナーノート

とても深いというか宇宙のようなイメージが沸きました!
とても心に重く響く感じが、とても聴き心地良かったです(>_<)

お笑い芸人 さんしろう吹奏楽部

OneDive

「OneDive / hydrant house purport rife on sleepy」

Ortegaによるライナーノート

見えるか、一番奥でおまえを見ているおれの気配が。
暗闇で光る瞳さながらで、我ながら笑ってしまうようにも感じるが、
しかしまあ、そういうことだ。

保ち守る為の姿勢とは。
おまえの祈りもおれの祈りも神の御目には見えない。
あるのはその御手の指すものだけなのだ。
つまりおれたちは安心して時間をかけることができる。

直進について、さらにひとつ問おう。

おまえは、おれは、おれたちは、どんな男に出迎えて欲しいのか。

おれの言いたいことがわかるか。
祝福の問いかけを成すということ自体も、
しかしまあ、そういうことだ。
全ての駅でそいつはおれたちをは待ってくれている。

Ortega

Landscape

「Landscape / HAYATO MOTOHASHI」

ジャズユーフォニアム奏者 増圭介によるライナーノート

TubaでElectronicsというものに、「やってみた」的な安易な企画でないことを聴いた瞬間に強く感じました。
Tubaの異次元なサウンド感とエレクトロの無機質な音楽とはこんなにもマッチするんだなと。

「Landscape」でのミニマル的なアプローチも、Tubaという楽器の空間的な響きが絶妙な風景を演出しています。
Tuba&Electroの組み合わせが、それぞれよい空間を作るための素材でしかない事が逆に素晴らしい。
本橋さんの本気というのを感じました。(笑)

ジャズユーフォニアム奏者 増圭介

Landscape

「Landscape / HAYATO MOTOHASHI」

山田朋生によるライナーノート

とってもおもしろく、引き込まれた2曲でした。
チューバといえば、バンドの低音を支える楽器。
その可能性を常に追求する最新のチャレンジに、本橋さんの広い視野を感じました。

チューバというとその楽器の重要性は理屈ではわかっているんですが、今ひとつピンと来ませんでした。
ソロ曲や、チューバをメインにしたアンサンブル曲が多くないから、かもしれません。
でもよくよく考えてみると、イヤフォンで音楽を聴くときには重低音をブーストする設定をよく選びます。
立体感が生まれ、リズムが明快になって、音楽が格好よくなるからです
そう、音楽にとって大切なのは「低音」と「リズム」。

本橋さんは、現代音楽の手法やバッハの素材を用いて、この二つを再構築したといいます。
チューバの魅力が詰まったこれらの楽曲が本橋さんの「初めて」の創作だなんて、衝撃です。
3曲目、4曲目と作品が増えていくのが楽しみでなりません。

山田朋生

alpha

「alphan / VENOM」

Gray Peter Panによるライナーノート

時代は令和に突入し、日本語ラップ界も混沌な状況へと姿を変えつつある昨今
ラップにも多様性を求める動きもあり Trapの上に乗せるMumbleなRapから
コーヒーを飲む時のBGMのようなChill Out系のトラックに対してのlaid-backしたRapなどジャンルは様々だ
一方、私はそんな量産型の日本のHipHopシーンに飽き飽きもしていた
そして、もしかしたらその気分を晴らしてくれるラッパーはVENOM氏なのかもしれない

まず、VENOMと言うラッパーのバイオグラフィーからご紹介していきたい
VENOMは千葉県出身のラッパーでフリースタイルを得意とし、MCバトルの出場経験もある
事前に33recordの一員であるYawn氏に少し話は伺っておりハードな環境を潜り抜けてきた過去を持つMCだ
さらに私も千葉県出身である為、そこだけでも親近感が湧くのも自然な流れだ

先程、モヤモヤした日本語ラップに対する気分を晴らしてくれるのはVENOM氏かもしれないと記述したが
今作のalpha-EPにその片鱗が垣間見える
正直なことを言えば、私はMCバトルで即興のセッションをするVENOMを拝見したことはあったが、
作品をちゃんと試聴したことはなかった
しかし、今作に収録されている曲はどれも良い意味で怪曲であり刺激的の一言に尽きる
まるで鼓膜を得体の知れない液体に浸されているかのような未知の感覚に襲われる
そんな一枚となっている

そして、この作品はラップは勿論のことビートメイク自体も完全フリースタイルで録音されたとのことで驚きを隠せない
個人的にどの曲も気になった部分はVENOMが吐き出しているリリックである
ポエトリーティングの手法で尚且つ、瞬間的に放たれる言葉はどれも心臓を殴りつけてくる、まるで文学のハンマーと言っていい

一曲目に収録されている"衝動"では我々を哲学の向こう側へ連れてってくれる
"昨日は今日ではない 今日は今日だ"
この歌詞が耳に侵入したときに当たり前のことを分解してみたくなる
今は今でしかなくて、その今が大事であると言ったメッセージにも取れる

他には最後に収録されているembers この曲でも脳を揺らすパンチラインがある
"明日になっても明後日になっても きっとずっと同じことの繰り返しだけど、それで今構わないと思った だけど、
明日になったら違うことを思ってる"
人間の心理を歌っており、非常に印象的だ

リリック以外の面としてはビートの面白さも堪能できる 2曲目の概念の壁ではミニマルで余計な音を削いだトラックが鳴り響く
拍子も変則的で良い意味で乗りづらいコンテンポラリーな要素が詰まっている
私としては、一番好きなのはsparkのビート まるでTBHのO.N.Oを彷彿される ハードコアな音質にワクワクせざるおえない

そして、全ての曲を噛み締めて総評すると、このEPは"瞬間のアート"の未来を感じることが出来る作品なのかもしれない
今の時代は瞬間的なアートがアンダーグラウンドシーンでもメジャーシーンでも溢れかえっている中で
その先にある未来を暗示している特濃なHipHopがしっかりとここに存在証明している

4曲全てが血液を巡るようなDOPEなサウンドの今作・alpha-EPをヘッズは見逃してはいけない
そして、全身で体感して欲しい

Gray Peter Pan

sparrow&swan

「sparrow&swan / ひどろはるか」

ひどろはるかによるセルフライナーノート

自分の内にある想いを吐き出し、言葉にして、
メロディーをギターの演奏にのせて歌う。
どこまで届いているか分からない未知の世界で、
この歌がいつか誰かの小さな力になれば幸せだ、
と思いながら録音しました。

Ice Cream Studioは、ポツンと、不思議で素敵な空間。
居心地が良く、魅力がたくさん詰まった場所。

録音中、行き詰まったときに、
Yawnさんはアイデアをくれたり、リラックスできるよう言葉をかけてくれたり、
その滲み出る人柄のおかげで、暖かな気持ちで歌うことができました。

今回、その瞬間にしか出せない音を引き出してくれて、感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございました。

ひどろはるか

One Mic Cream

「One Mic Cream / THE BAUM」

津田ミートによるセルフライナーノート

それぞれの音楽活動を経て、奇跡的に運命的に出会っていた僕ら。
この春にTHE BAUMを結成した。

限られた時間の中で活動する僕らに、突然ポッカリと空いたスケジュール。

導かれるように辿り着いたアイスクリームスタジオで、初めての夜更かしをした。

あの何度目かの台風が過ぎ去る夜に、僕らは純粋な心だけで遊んだんだ。

津田ミート(THE BAUM)

Shadow Heaven

「Shadow Heaven / Day and Buffalo」

森達希によるセルフライナーノート

朝の陽ざしが緩やかに、肌寒いのか体を震わせ車に乗り込んだ
夜の出来事を知らないだろう
プロジェクターから発せられた光の中に愛が溢れている事に
演奏された楽曲に光が交差している事に
シャッターを押す瞬間に神が宿ることに
その瞬間を記憶に収め、廣報する

そんな、彼らに寄り添う4人は
酷寒も猛暑も変わらず
美しさに寄り添うのだ

今日も新しい人間たちが美しさを残していく

森達希(Day and Buffalo)

Box Frame

「Box Frame / La?Bell」

La?Bellによるセルフライナーノート

一晩限りの収録。
そこでいったい何ができるか?
ヨーンとは長い付き合いなので「よーいドンッ!」で始める事は良くある事。
今回のRECが決まって、何がどこまで出来るのかはやってみなきゃ解らなかったしね。

ある夏の日。
僕らはおよそ9時間位を使って7曲ほどの収録をした。
今回の基軸になっている1・2はその時に出来た曲である。

これを耳にして楽しんでもらえたら幸いだ。

あの日が終わって土に触れようと思い、農家を手伝いに友人の家を訪れた。
どんなに文明が発達しても、どんなに最新技術を手にしても、人は生物である事を忘れてはいけないと思っている。
地球で生まれて生命の循環を5.6感を持って取り組む事ができるんだからね。

そんな事を記して今回の解説にしたい。
2019.8.6やたらと蒸す夏

La?Bell

LOVERS

「LOVERS / Awaking Based Circle」

森大地によるセルフライナーノート

初期衝動、いや中期衝動が炸裂してます。
楽しい時間を記録したホームビデオのような作品。

そういえば中学校の時にも友達とこういう風に音を録って遊んだっけ。
それはそれは楽しかったな。
でも過去形じゃなかったんだなって。
あの頃と変わらぬ気持ちで、今もまだ音楽を楽しめている自分がいることがとても幸せ。

森大地(Temple of Kahn、ex-Aureole)

LOVERS

「LOVERS / Awaking Based Circle」

中澤卓巳によるセルフライナーノート

大人のような子供の夜遊び。

中澤卓巳(ex-Aureole)

skyfall

「skyfall / Gray Peter Pan」

Gray Peter Panによるセルフライナーノート

今回の「skyfall」では自分の飾らないラップが出来たと思います。
「希望を見出しにくい現代社会で生きていくことに対して、強く後押しをしてくれる」そんなような作品として仕上がった。
ビートも敢えて荒削りなつくりが、ラップとハマって相乗効果になっているところが、
つくりながら個人的に思うこの楽曲群の特徴であり聴いて貰いたいポイントです。

軽く遊びに来た感じでフラっとスタジオに来て、
その延長線上でRECをしたのがむしろ味となっていて良かったのではないでしょうか。
HipHopという音楽をやる上で重要な衝動がそのシチュエーションによって掻き立てられた気がしました。

音楽をやりながら、普通に働いてる人たちがたくさんいる中で、
自分もその内の一人として日々の感情をHipHopという表現方法で作り上げられた感覚を得られました。

日本語ラップ界も即興がブームとなっている昨今で、
また、フリースタイルとは違った魅力が詰まったこの音源が是非、様々な人たちの耳に届いて欲しいと思います。

Gray Peter Pan

火の鳥

「火の鳥 / 水瑛」

水瑛によるセルフライナーノート

無意識のうちに私の中での音楽とは、
「紙粘土を捏ねて緻密な造形をした後に隙間なくニスを塗る」ような
孤独で丁寧な作業の上に成り立つものだったのかもしれません。
勿論そのようにして作り上げられた作品もとても美しい。

だけど歩くように眠るように、
自然に生きている延長線上で成り立つ音楽もまたとても愛すべき存在なのだなあ、と
しみじみ思うことができた次第です。

そして自分の声が粒子となり夜空に散開し煌めいているようなアレンジに驚くとともに、
自分の道のりを見返した時に一つこういう作品があるのもまた一興かなと思うのでした。

水瑛

Ryo TakezawaによるOFFICE JUKE

OFFICE JUKE


Yawn of sleepyによるOFFICE JUKE

OFFICE JUKE


After clubbing standard breakfast

「After Clubbing Standard Breakfast / Kampow」

Yawn of sleepyによるライナーノート

彼が規定するダンスミュージックには、
その恩恵に対する律儀な循環があるように思う。

自他らを喜ばせる為に十分なだけの細やかなこだわり、ユーモア、センス。
それらに向けられる友愛、振動は世の中の暗黙のルールを易々と、時に良くも悪くも踏み越える。

ロルフ・エルバーフェルト曰くの、
東アジア思想に由来する変容的現象が、
経験、思考、発話の中心へと現象学的に接近する際の変容的アプローチ。

ドイツでの生活も何年目かになるKampowと、彼が根ざし、また、目指すものにエールを贈りたい。


Yawn of sleepy

Travelling

「Travelling / o’share」

Yawn of sleepyによるライナーノート

大上段に構えた名前を名乗っちゃうだけあって、男前な男たち。
しなやかに見せてかたくな。
ふざけてるようでかなり前段から真剣。
クールなようで当然激アツ。ユーモラスなのに生真面目。
わらじもいっぱいはいちゃうやりて。
電話かけてもあんまつかまんない。

キザなのに嫌味なく優しい。
で、哀しみみたいなもんは伏せて人をくったように笑ってるような。
モテんだろーなー、こーゆー男たち。

一緒に遊びにきてたお友達のUtaeちゃんも才気あふれるナチュラル美人だったしなー


Yawn of sleepy

alpha

「alpha / VENOM」

VENOMによるセルフライナーノート

自分の中に作品の核となるエネルギーのようなものがあって
それをどのようにして作品に変えるかが芸術であると思うのですが、
それは現象として生まれた後に考えていることなので
未だに答えは出ていません。
作品という一つの結果とも言えるものが
現段階での答えなのでしょうが、それも正直分からないです。
唯一つ、分からないということが
よりハッキリと分かったということだけが実感としてあります。

作品は僕の魂と繋がっているので、
僕が精神的にどれだけ高みに行けるかにもよるのですが、
それはあくまでも僕個人の問題なので
もしかしたら関係ないのかも知れないし、
関係あるのかも知れません。
この世界を作るというか、繋げるといいますか、
成立させる力があってそれは誰の中にもあるものだから
それが自分にもあるんだと信じ続けることが大事だし、
モチベーションになるんだと思います。
それは僕だけではなくてみんな同じですね。
歩こうと思って、また無意識にそういうモーションへと
信号が送られる瞬間とか、実際に体が動いて
足が地面を踏みしめた瞬間に神経が脳に伝えるものとか、
そういうものと何も変わらないから
行為には意識的な意味付けをしたくはないし、そうでありたいです。

ありがとう、という言葉に尽きてしまうのですが、
それが推進力になるし、大切にしていきたいです。
この肉体は物理的法則、この世の摂理に委ねざるを得ないし
時間軸を無視しようとすると劣等感が強くなるので、
そういった歪んだエネルギーではなく、
もっとすなおなエネルギーを核として、
捻れた、捻れさせる力のある作品を生み出して行きたいです。


VENOM

Worries for Hiker

「Worries for Hiker / Yawn of sleepy」

Yawn of sleepyによるセルフライナーノート

変わり目にも胸を張っていられたら
だがしかしまだまだ遠く足りない
お前の考えも目線も
お前のたどり着いた思いも、お前の腰掛けるその心持ちも
決めつけたものと名付けられたものは違うものだ
閃きにも信念にも似ているが
体感にも似ているがまるで違うのだ
だがしかし空の下、地の上
祈りと願いは許されている
それは白く尊いもの
そう
思いやれ思いやれ
誰かをいつも思いやれ
その時にはいつも
我々の心は迷うことがない


Yawn of sleepy

Coming over

「Coming over / Chiyo Nukaga」

Chiyo Nukagaによるセルフライナーノート

古着屋とか雑貨屋で、
思いもしない宝物ゲットしたみたいな、センスいい小品集。


Chiyo Nukaga

Travelling

「Travelling / o’share」

o’shareによるセルフライナーノート

周到な準備はさておき
気付けば時計の針も一周

初めてブータン料理を
食した時の様な高揚感

レコーディング
というよりは登山の様な

何とも不思議な空間で
また"オシャレ"な作品が
出来てしまいました


o’share

After Clubbing Standard Breakfast

「After Clubbing Standard Breakfast / Kampow」

Kampowによるセルフライナーノート

"After Clubbing Standard Breakfast"
タイトルがそのままこのミニアルバムのコンセプトです。
楽しかったパーティのあと、
どうにか現実と折り合いをつけるための朝食を、
8品・25分ご用意いたしました。
食べやすく作っております、どうぞご賞味ください。


Kampow

sleepy itによるOFFICE JUKE

OFFICE JUKE


またあしたあおう

「またあしたあおう / Ayumi Nakamura & Lico」

Ayumi Nakamura & Licoによるセルフライナーノート

「またあしたあおう」を歌うときは、はずかしかったけれど、
歌いおわった時には、歌えてよかったな、と思いました。
ママは、この歌がすきだそうです。
かしのところは、1600kmのたびにでかけて、
たびがおわったあとに、のどがかわくなと思って、
5ooLの水をのんだことを歌の中にいれてみました。
わたしは、歌のいちばんさいしょの、
「パジャマをきたら森にいた」のところがすきです。
がんばって歌ったので、みんなにきいてもらえたらうれしいです。


Ayumi Nakamura & Lico

とものそろうところで

「とものそろうところで / イケダユウスケ」

イケダユウスケによるセルフライナーノート

あまり何も考えてなかったですが
自然に口をついてでた言葉が
普段およそ言いそうもないことでびっくりです。
スケッチを記録できることの妙だと思います。


イケダユウスケ

夜がはじまる

「夜がはじまる / ウチヤマシンイチ」

Yawn of sleepyによるライナーノート

初めて会った時、しんさんは革ジャン来てたなー。
当時の僕のアパートに遊びに来てくれて。
大塚のしんさんちにもたまに行きました。
その後、自宅のスタジオスペース的なところに
居候させてくれたりして。
作ったCDを六本木とかで手売りで荒稼ぎしたりとか。
僕はあんまり役に立ってなかったけども。

ツアー出発直前にドタキャンして怒られたり
電話でしんさんの音楽ってよくわかんないです
と言って怒られたり
僕が金を払えなくてなんかあれだったり
紹介してもらった仕事を寝飛ばしてなんかあれだったり
しんさんのレーベルに
ツケでスタジオ費を回しまくってなんかあれだったり
渋谷のライブバーで毎週みんなと盛り上がったり
僕のことで言うと
そこで出会ったねーちゃんと付き合ったり別れたり
しんさんのバンドのファンの金髪美人に
チューされてるとこを当時の彼女に見られたり
映像の仕事もしんさんの友だちと
その人達に叩き込んでもらったのが始まりです。

やっぱりいろんなバンドや人がいて
しんさんたちはそこで出会った人や
何やらすごい人にプロデュースしてもらってたり
僕たちはそこで会った友達とカナダを周ったりとか
あいつとあいつが結婚したり別れたりとか
復活したりしなかったりとか
借金したり返したりとか
もちろん幸せにやってたりとか
今もみんなそれぞれだけど
きっといつでも会えるし続いてることばかり。
“リアルフィーリン”っつーかなんつーか。

唐揚げ食ったりパスタ食ったりして
夏の朝の6号の渋滞を2ケツですり抜けしてった先の

たくさんの思い出や想いとともにある
せっかくの音楽で
せっかくの旅なんだから
もっと遊んで欲しいなっていつも思ってます。

思い出して見るとなんだか
やらかしまくってきておりますが、
ま、兎に角、夜になればいつだって始まれるわけだし、
どうかこの先も”素晴らしか日々”だと言えますように!


Yawn of sleepy

その手に問うわ

「その手に問うわ / FLOWERMOUNTAIN」

Yawn of sleepyによるライナーノート

なんというか僕の知る限り、彼女は昔から
かなりややこしい人なんだけどそれ故にか、
写真や絵や音楽や映像など
10代の頃からかなり洗練された作品をつくってた。
そういったものに取り組むということがいかに面白く、
人にとっていかに重要なのかを
日常の中で最初に見せて教えてくれるような人です。
それをせざるを得ないって点においても。

経済の成長を前提とした社会の中では、
残念ながらそういった時間に個人個人が重きをおいて
ある程度オープンにすることにはまだまだ一般的な認知がないし、
大人になればなるほど環境に傷ついたり
何かを否定してしまうこともあるんだと思います。
でもそれって、僕らがなんとなく知ってる
70’sのパンクスみたいな
レベルミュージックのあり方そのものだよね。
良い面の。日本の片隅で言うのもなんなんだけど。

考えすぎたり思いすぎたりしてその上に何かを築きたい。
だってみんな本当にそうしてるんだから。

随分前に彼女がくれたミックステープには、
プリーチャーマンとかハーフムーンとかゴーゴーハッピーデイとか、
ヒューストンブルースとかフリーシンカーとかが入ってた。
裏表ぎっちりの解説付き150分で。

そーゆーのって良いと思うんだよね!


Yawn of sleepy

夜がはじまる

「夜がはじまる / ウチヤマシンイチ」

ウチヤマシンイチによるセルフライナーノート

ギターを初めて握ったのは13才の頃。
父親の自慢のクラシックギター。
わけも分からず、堅いピックでガシガシ弾きまくって、
傷だらけにしてしまったけど、
父親は文句も言わず俺に自由にギターを弾かせてくれた。
それから音楽に目覚め、14才でバンドを組んで、
同級生のエレキギターをぶんどって、時間とお金があれば
バンドメンバーとスタジオに入って
SEX PISTOLSをカバーしまくってた。
思えば14才からずっと、「ロック・バンド」組んで、
ギター弾いたり、歌ったりしてたんだな。

「バンキンガール」ってバンドが活動を止めたのが2011年4月。
そのバンドでギター・ボーカルやっていたんです。

活動を止めて以来、5年間ずっと、ギター弾いたり歌ったり、
曲を作ったりなんか全くしてなくて。
そんな俺に、「33Record」の金子くんは
ちょくちょく連絡をくれては、
「しんさん、どう?遊びに来ません?」
っていつも誘ってくれました。

金子くんはもともと俺のお嫁さんの同級生で、
知り合ってからもう15年くらい経つんだけど、
一緒にライブやイベントをやったり、
色々あって一緒に住んでたりもしたんだよね。

人生ってほんとにいろんなことがあってさ、
今までやってきたことを続けられなくなることって結構あって、
別にそれ自体は悪いことばかりじゃないんだけど。

兎に角、今回、ようやく金子くんの
「お城」に遊びに行くことができて、本当に感謝してます。
ほとんどの人が、途中で続けられなくなるものを、
ずっと守ってきてくれて、本当にありがとう。

今回の4曲は全て、
金子くんが「きっかけ」を作ってくれたから出来上がったものです。
「icecream studio」の持つ「大人の秘密基地」のような雰囲気。
そこにいると、時間が戻っちゃうんだね。きっと。
なんか忘れていた「音楽を楽しむ」って感覚に
どっぷり浸っていられるんです。

で、録音させて頂きました。
今回録音は初めてだったけど、あえて、
「ノー プラン、ノー 練習」で挑んでみました。
やっぱり、「フフフ」ってなるような、
良いものが出来たと思ってます。
細かいことは抜きにして。

なんだか、わけも分からず、
父親のクラシックギターをかき鳴らしていた13才の頃を思い出した、
そんな瞬間でした。

金子くん、りょう君、33Recordの皆、本当にありがとう!!
また夜な夜な遊びに行くよ。

なんかほんとに、「夜がはじまる」って感じがしたよ。


ウチヤマシンイチ

その手に問うわ

「その手に問うわ / FLOWERMOUNTAIN」

FLOWERMOUNTAINによるセルフライナーノート

アイスクリームスタジオは、
まるで音楽への大きなふところそのものだなと感じました。
緊張しながらも色々やってみることができたし、
すごくまっすぐな耳で聴いてくれていて、
わたしの歌がすごくかっこよくなっちゃって、
誇らしく思えて嬉しいです。

歌をつくりはじめたばかりの頃の曲から、
その15年後くらいの曲まで歌いました。
ばかな子供から、ばかな大人になるまでの、
変わらないとこばっかり出ちゃっています。
変わらないわたしは、歌の中にだけぬくぬくとして、
このままでいいよって泣いたり笑ったりしています。
この音源を手にした今では、
彼女を飼うことはとても楽しいことだとわかります。


FLOWERMOUNTAIN

Sons of the night

「Sons of the night / Ortega」

Ortegaによるセルフライナーノート

壁の落書きが改めてアートって呼ばれるようになって20年くらい?
ファインアートって言葉を
友達から聞くようになってからもそのくらい?
人類が壁画を描いて遊んでたのからはどのくらい?
もしくは神聖な儀式として?

人生の匂いがするようなトランペットやサキソフォン?
魂を削る音のような歌声?
ドラマチックな誰かの生涯?
誰かから誰かへの恋慕?
それをなぞったラブソング?

最初のお芝居?
写真?連続写真?

高い技術やアイデアを用いて
限りなく抵抗が下がったものはもちろん好きです。
快適だから。
だけどカップ酒や食べ歩きも同じくらい好きです。

とにかく我々全員その先、向こう側にいるのだから、
我々を救いうるものはボイスメモの新規録音とかってだけだよ?

僕は現代の状況って結構気に入ってて好きだな。
芸術が日常の手に還って来てるみたいで。


Ortega

よるになる

「よるになる / アラカキヒロコ」

アラカキヒロコによるセルフライナーノート

ice cream studioで歌うときは、基本ワンテイクのフリースタイル。
自分のルールを捨てて五里霧中の領域に踏み込んでいく、
その、感覚が鋭くなる感じが怖くて心地よくて。
音を楽しむってこういうことなのかな。
旋律を聴いたら、景色が見えて、
気配を感じて、呼吸を感じて、
見えてなくても景色の結末はぜんぶ素敵なことか
もしくは愛があるか、な感じで歌う、
ここにあるトラックのほとんども
そんなふうにしてできたある夜の記録です。

『あしもとにゆれるほのお』はYawnさんの曲。
『くらいまぶしいふたたび』も、
『冥い、眩しい』という私の昔の曲を
Yawnさんにremixしてもらった第二弾です。
今回のも、Biff Sound #004に入っている2014年版も
どちらも大のお気に入りです。
私、Yawnさんのセンス好きなんだと思う。
こないだiTunesのプレイリスト聴かしてもらったんだけど、
いつまでも聴いてられると思ったな。

10年ぐらい前に、数ヶ月だけバイトしてた
British Pubの週1回のシフトの日にたまたま
hydrant house purport rife on sleepyが演奏していて、
その音楽がたまたまとても好みだったので声をかけて、
そしたら7年後にふいに
ice cream studioに来ませんかと連絡をもらって。
覚えていてくれたことも、
好きな音を鳴らすひとたちと音のやりとりをできるのも、
そこが大きな倉庫で屋外なのか屋内なのか
ちょっと境目がない感じも、嬉しくて楽しかったんです。
縁って、面白くて尊いものだなって。
ここで残すのは、
そんな気持ちの延長線上にある歌でもあると思います。


アラカキヒロコ

soap EP

「soap EP / soap」

Alex Martinによるセルフライナーノート

15歳でギターを始めた頃、よく聴いていた先達がいる。
アル・ディ・メオラやジョン・レンボーン。
ジャンルやスタイルは違えど、
何かしら民族的なルーツを彼等なりに消化し、
演奏に追求しているギタリストに惹かれた。
また、ビセンテ・アミーゴや彼が代表する
現代的なフラメンコには心酔し、
それを勉強すべくグラナダに20歳の頃住んでいたこともある。

皆それぞれギターという楽器の表現を極限まで活かした上で、
技巧だけには囚われない、地域や文化的な歴史に裏打ちされた、
あるいはそれを踏まえた上で
新しい解釈を加えた、音楽を奏でている。

彼等に及ぶべくもないが、いつか自分の指で弾いた弦と共に、
自分のルーツに近いと思える様な歌を唄いたい、と思っていた。

10年近く前に、
当時ボーカルとして加入していたバンドが活動を休止した際に、
メンバーのRyoに声を掛けて、soapをスタートさせた。

決して派手ではないし、活動範囲も限られてはいるが、
15歳の時に夢想していた音楽の片鱗でも具現できれば、
と思い今日に至る。

コンセプトはシンプル。
ギター2本と唄。
あまり気取らずにこれからも演奏を続けていきたい、と願っている。
そんな我々の6年ほど前に録音した音源です。


Alex Martin

soap EP

「soap EP / soap」

Ryo Takezawaによるセルフライナーノート

回想。
取り留めのない二人の会話から始まったsoap。
なぜこの作品を作ったのか。

常々思うのは、
唯々過ぎて行く時間にはしたくないという事。
心に刺激とゆとりを。
そんな想いで作られた三曲だったんだろう。


Ryo Takezawa

Abandon Forever

「Abandon Forever / sleepy it」

sleepy itによるセルフライナーノート

私は曲を作ることが好きです。
ある時閃いたり、悩んだりして作曲するタイプではありません。
ただただループの海の中で泳ぐのです。
何処に着くかわからないけど・・・


sleepy it

Hidden Emotion

「Good for the round trippin’」

Yuki Kaneoyaによるライナーノート

僕は楽しむ事が好きだ!
何かに挑戦をして成し遂げる事がたまらなく好きだ!
子供の頃はみんなただ純粋に楽しんで
何かに毎日挑戦していたと思う。
小さい事で言えばあの高い木の枝から飛び降りれたとか、
少し大きい事で言えば自転車に乗れるようになったとか。
そんな初めて出来たが子供の頃はそこらじゅうに転がっていて、
初めて何かが出来た、そんな時に人は子供でも、オッサンでも
最高に良い顔で笑っている。

スケートボードをやっているとそんな感覚を
とても近くに置いとけるんだと思う。
スケートボードはスポーツじゃない、
上手いも下手もまったく関係ない、やりたいからやる!
楽しいからやり続けているだけで、この先も辞める事は無いと思う。

こんな子供の頃は当たり前だった感覚を大事に生きていると、
たまにお互いが共鳴するかのような出会いがあって、
金子君とは会ってすぐに意気投合出来たのを覚えている。
まったく違うジャンルをやってきた2人が
まるで昔からの仲間のように話せたのは
大事にしている核になる感覚がにていたからじゃないだろうか?

僕がやり続けているスケートボード!金子君がやり続けている音楽!
この2つを重ね合わせられた時最高に興奮し、
心から喜びを感じれた。

僕の無茶な頼みに心良く引き受けてくれた事に感謝をし!
この楽曲を作ったトシ君に感謝をし!
33レコードの最高にクールなみんなと関われた事に感謝をし!
こんな自分の心と向き合える時間を作ってくれた事に感謝をし!
1つの作品として形に残せる事に感謝をして、
この文をしめたいと思います。


Yuki Kaneoya

Hidden Emotion

「Hidden Emotion / Marc Merza」

イケダユウスケによるライナーノート

いろんな覚悟があると思いますがマークの覚悟がすきです。


There's lot of way people stand up for music, society, whatever.
I like his resolution.


イケダユウスケ

Hidden Emotion

「Hidden Emotion / Marc Merza」

Yawn of sleepyによるライナーノート

彼にとって僕らは旅の空の下で出会った人たちなのだから
当然なのだが、マークメルザは旅情やその軌跡を連想させるような
不思議な人物。

彼の音楽には長い滞空時間とその最中に純度を失わない
誠実さがある。
それは本来全ての音楽がそうありたく、
また、あるべきはずのもので、
ひとりである時も人の輪に接する時も間違いなく
彼はそのようにあるだろう。

日本で散髪をした際、
リクエストしたバリカンのアタッチメントナンバーと
ミリ数を取り違えられてバキバキの坊主頭になってしまったという
エピソードを話してくれた。
彼は、「見てくれ、まるで僧侶みたいだ」と
Fワードを交え笑っていたが、
僕にはとても格好良く見えたよ(実際に似合っていた)。
あなたはきっと人のあり方に思いを馳せて、
厳しさとユーモアの中で時を過ごしているだろう
そんな人だから。

彼の音楽と言葉は彼のためだけのものだ。
そしてそれは今回も出会った人たちに多くの物事を想起させた。

彼の握手は固くぶあつかったなあ。
ブルックリンのダウンタウントレインで再会できたらクールだよね。


Marc Merza is an intriguing guy, one of those people who brings with him that distinct vibe of a seasoned traveler.

His music has a sense of sincerity that doesn't lose its purity over time.
That's the way music really should be, and that's what he creates, whether on his own or with others.

Here's an episode. When he got a haircut in Japan, the barber apparently messed up the size of the guard on the clippers and he ended up with a buzz cut.
He laughed saying he looked like a Buddhist monk. I thought it looked rather cool on you.
I know he must have been through some hard times, but Marc is the type of guy who never loses his sense of humor.

Marc's music and words are his own and personal, but it touched the imagination of those he met during his visit.

It'll be cool if we can meet again in Brooklyn, "on a downtown train."


(英訳:Alex Martin [placebo sound / soap])

Yawn

Hidden Emotion

「Hidden Emotion / Marc Merza」

Marc Merzaによるセルフライナーノート

Hidden Emotion was a happenstance recording, a new and exciting experience.
I had never made songs that quickly that translated so well to what I was feeling at the time.
The concept and name came about during the recording process.
I felt as though it is hard sometimes to reach someone on an emotional level because of cultural values or upbringing.
Certain standards I came across in Japan created boundaries, and keeping things to oneself.
I liked this idea of "hidden emotion" like a forest, or a village or special place inside someone; someone's soul, someone's spiritual being.
It was a phrase I wrote down in my notebook while recording that truly resonated with me.


Hidden Emotionは偶然の産物。
こんな短時間でその時の自分の感情や感覚を鋭角に捉えた楽曲群を創ったことはない。
アルバムタイトルとコンセプトはレコーディングの最中に生まれた。
その国の文化や育った環境の違いは、時に感情レベルで他者と交わる際の障壁になる。
日本でもそれを体感し、その経験を題材にした。
Hidden emotion「隠された感情」-人それぞれの中にある森のような、あるいは村のような特別な場所。
このフレーズはこのアルバムを録音している最中に頭に浮かび、メモに落としたものだ。

(意訳:Alex Martin [placebo sound / soap])

Marc Merza

One Chance

「one chance / Alastair Rogers」

Alastair Rogersによるセルフライナーノート

These are a few tunes that were made up on the spot but with lyrical meaning that I can still relate to.
Making impromptu music is an exhilarating experience,
and I always enjoyed playing out in Urayasu as it gave me an opportunity to test myself.


ここに収録されている数曲は以前に即興で録ったものだけど、
歌詞で歌ってる事は今でもうなずける。
即興で音楽をつくることはとても気分が高揚することだから
浦安のスタジオで演奏するのはいつも楽しかったし、
いつも自分自身を試す絶好のチャンスだったよ。

Alastair Rogers

Hello Ottawa

「Hello Ottawa / West Tokyo Sound」

West Tokyo Soundによるセルフライナーノート

One guitar. One microphone. One West Tokyo Sound.
Originally recorded to send to someone special in Melbourne,
Australia, the record never made it.
The lyrical adventure and emotion claimed to be "too good to not be true",
Hello Ottawa was recorded in a bare bedroom in Canada;thoughts, string and crafted phrases recalling what ever was.

ギター一本。マイク一本。それが「West Tokyo Sound」。
その昔、メルボルンにいる特別な人の為に作られたアルバムは、
カナダから海を超え、その人の手に渡ることはなかった。
何もないベッドルームで録音された「Hello Ottawa」。
在りし日の記憶や想念を、言葉と弦に乗せ、その魔法が今甦る。

(意訳:Alex Martin [placebo sound / soap])

West Tokyo Sound

The Flying Trombone Sisters Live at Ice Cream Studio

「The Flying Trombone Sisters Live at Ice Cream Studio / Merry Christmas」

Merry Christmasによるセルフライナーノート

While adventuring on the Outer Hebrides,
a newspaper article was uncovered detailing the life of Hercules the Bear.
On returning to Tokyo,Merry Christmas entered the studio with heads full of stories,
some already told on their debut EP,The Flying Trombone Sisters,
others yet to be pinned down,floating just outside of windows.
Some will be left in Chiba forever,and some will come back as new shapes in the darkness.

スコットランドのアウター・ヘブリディーズ諸島で見つけた小さな新聞記事には、
大熊ヘラクレスの一生が、事細かに記されていた。
東京へ戻ったMerry Christmasは、さっそくスタジオに入る。
それぞれの頭の中には物語があふれ、
それはデビューEPのThe Flying Trombone Sistersで綴られたお話だったり、
窓の外を浮遊したまま誰にもまだ書き取られていないストーリーの断片だったり。
そのいくつかは千葉に残されてずっと漂い、
またいくつかはここへ戻り、暗闇から形を現す。

Merry Christmas

Elusive Recluse

「Elusive Recluse / Alex Keleher」

Alex Keleherによるセルフライナーノート

These are songs I worked on for several years when I was first getting into songwriting.
It was a long time ago...but I think it was The Librarian and the Butcher.
I was working at a library at the time.
All the songs came together slowly week by week, month by month. One chord at a time.
That's how I write even today.

このアルバムには、私が初めて曲を作り始めてから何年間かの間で作り上げた曲が収録されています。
随分前になりますが、「The Librarian and the Butcher」が初めて作った曲です。
私は当時図書館で働いていました。
どの曲も週ごとに、月ごとに、一つのコードずつ、ゆっくりと完成した曲です。
私は今も同じように曲を作っています。

Alex Keleher

イケダユウスケ

「22 / Ayumi Nakamura」

Ayumi Nakamuraによるセルフライナーノート

33レコードのみんなが
わざわざ私の暗黒時代のアルバム引っ張り出すもんだからさ
昔を思い出さざるを得ないんだけど
親になれた事と自分が少し好きになった以外は
何にも変わってません

私がこれを聴いてる時は日向の部屋でアルバム写真を見返す時の様な
今はあれもこれもできるようになったねって気持ちになります

ただ
30秒だけあの時に戻れたら
後々のためにも一曲くらいはお酒飲まないでちゃん歌っとけって
と自分の為に耳打ちしてあげたい
そのくらい
恥ずかしい

Ayumi Nakamura

イケダユウスケ

「me & rainbow / イケダユウスケ」

イケダユウスケによるセルフライナーノート

年に何度かアイスクリームスタジオでみんなと録音します。
凄い数の曲録音するので正直しんどいです。
でもあとで完成したのを聞くと、また行こうとおもいます。

イケダユウスケ

placebo sound

「title / placebo sound」

Ryo Takezawaによるセルフライナーノート

時を経て、作品に対する理解が変わったような気がする。

一曲目の「hugs」を聴くと、これから何かが始まるような
特別な高揚感を覚える。
当時はなかった感覚。
そして今では、アルバムを締める「title」が
始まりの曲という印象を強く感じる。
これもまた、当時はなかった感覚。
「hugs」で始まって「title」でまた始まる。
いつまでも続けばいい。

年は確実に重ねる。
時間に限りはある。
ただ、想うという事に制限はない。
死なない限り、そこに終わりはない。

このアルバムをリリースできたのはそういう事なのかも知れない。

そして、きっかけはice cream studioを訪れたって事。

Ryo Takezawa

イケダユウスケ

「COMORE / イケダユウスケ」

遅春によるライナーノート

チョウカッコイイ。
永遠ニ感ジロ。オ前ノ道ヲ歩ミナガラ。ロックス。

遅春

Yawn of sleepy

「Make Up Your Mind / Yawn of sleepy」

OCTOPUS CAMMYによるライナーノート

この楽曲たちは、呼びかけを聞いてしまったことに対する
彼の責任なんじゃないかと思う。
目に見えていても、いなくても、いつでも周りにあって、
活発に躍るエネルギーにちゃんと耳を澄まして、
それらに対して「オレはこうだよ」と
孤独にさせない暖かさを持ったひとつのレスポンシビリティ。
彼の“営み”としての音楽を聴いていると、
じゃあ自分はそれが出来ている?とちょっとだけ考えてみたくなる。
どのトラックかは言わないけど、よく聴くとちゃんと呼吸してるんで、
発見したらニヤリとしてほしい。

OCTOPUS CAMMY

Yawn of sleepy

「Make Up Your Mind / Yawn of sleepy」

Yawn of sleepyによるセルフライナーノート

とある夜のとあるただの記録です。
ぼくは、『共鳴』だの『反響』だのと
収録時には毎回のたまっておるのですが、
それは一つの答えだと本当に思ってます。
勿論、やり方は一つじゃないんだけど。
一方で、不真面目な生活を送ったりもしておりますが、
日々の乱雑な喜怒哀楽の中や間で
しっかりと立ってそこに返していたいなあと日々思っております。
循環の一部であることは必然だし、
それ自体に価値があることだと思うし、
静かに質高く帰依していたいと思うから。
そして、周囲の人の生活と暮らしが
ちょっとずつ豊かになっていったり、
安心が増えていくといい。というような感じの3曲です。
我ながら謎作品ですが気に入ってるのでやらせてもらいました。
それと深呼吸ってほんと難しいってこと!

Yawn of sleepy

OCTOPUS CAMMY

「OC144 EP / OCTOPUS CAMMY」

OCTOPUS CAMMYによるセルフライナーノート

14歳のころ、“音楽”と言えば、テレビの主題歌や
オリコンランキングに並ぶもの、もしくは学校の授業で聴かされる
クラシックだけがすべてだった。
ある日の友人宅で、「これ聴いてみてよ」と
CDプレーヤーを再生され、
出てきた音にショックを受けたのを覚えている。
「これ、スピーカー壊れてない?」と言った私に友人は
「こういう音楽なんだよ」と答えた。
聴かされた曲はKRAFTWERKの『man machine』
コレは何をどうやって作った音なのか!
その判らなさと、機械が音楽を奏でるということが
とてつもなく格好良く、
どうやらテクノという音楽があるらしいことを知った私は、
自分が聴きたい音を探し始める。
まだインターネットもない頃、当時創刊したばかりの
『loud』や『ele-king』を情報源に、なにやら詳しそうな人たちが
オススメしているCDを探しに渋谷まで出かける。
アナーキックのTシャツに、Harthouseのレコードバッグを
たすき掛け。
髪型は五厘刈りの肥満体型が、CISCOテクノ店で
ジャケ買いをしまくる姿は当時としても
なかなかギラついていたんじゃないかと思う。
やがて、自分でも音楽を作れるんじゃないかと思い始め、
入学祝とお年玉をはたいて中古のRoland TR-626と
AKAIのS01を購入。
中学生ながらも、なかなかのテクノ野郎っぷりな自分に
陶酔しながら、ラジカセを使って多重録音という強引な方法で
トラック制作らしきものを始める。
これがOCTPUS CAMMYの胎動です。
気に入ったCDから好みのシンセ音をサンプリングし、
マニュアルを読んでもよく解らない626を手動で叩く。
BOSSの4チャンネルミキサーのinとinをつなぎ、
それをラインアウトさせると狂ったようなノイズが出てきて、
ゲインをぐりぐりすると音がウネウネする!
303みたいだ!と当時はご満悦だった。
今頃になって、当時のような初期衝動だけでなにかを
カタチにしてみたい!と思う。音楽のイロハは知らないけれど、
自分が気持ちいい音が鳴っていて、マニアックな作りこみじゃなくて、
ループの中で何かが少しづつ変わっていくだけのそういう音。
そんなコンセプトで、当時のオレに捧げます。

OCTOPUS CAMMY

OCTOPUS CAMMY

「OC144 EP / OCTOPUS CAMMY」

yujisleepyによるライナーノート

OCTOPUS CAMMYは、実にあざとい。
その手口は周到で、彼がもたらす一手の反応を見ては、
しめしめ、にやにやとする。
彼のサプライズは、ある意味でのギフト要素を欠かさない。
いつもそう。今作もそう。ジャケも、ビデオも、全部そう。

「OC144 EP」はOCTOPUS CAMMYが
自身の音を世の中に発信する、最初の記念すべきEP。
彼のセルフライナーノートを見て欲しい。
今、出来上がった音を当時のテクノ中学生な
自分に捧げると言い切れるほどに、
実に愛情深くて、ドラマティックな作品であると思う。

「あなたであれ」と、OCが別の顔を見せる時に言っていた。
そうですね。
このアルバムもあなたそのものであると私も思います。
懐こいところも、遊びごころも、うねるところも、全部そう。

yujisleepy

WTS

「American Audiences / West Tokyo Sound」

Ryo Takezawaによるライナーノート

2010年、当時カナダに住んでいたmatthewから、
「West Tokyo Sound」のアルバムができたとの知らせがあり、
後日エアーメールで本作が送られてきたことを覚えている。
「placebo sound」ではドラムだった彼が
ギターボーカルとして活動していたのは意外だったが、
音源を聴くと、何の違和感もなく自然に彼の音楽が
体に染み渡るのを感じた。
彼を知っているからではなく、初めて聴いた人でも
彼の繊細さやユーモア、そして音楽に対する愛情を
作品から感じ取ることができるだろう。

『American Audiences』には懐かしさがある。
それは、どこかで聴いたことのある音楽ということではなく、
彼のこれまでの経験や人間性からにじみ出た音が、
聴く者の遠い記憶の中の思い出に
そっとふれるからではないだろうか。

Ryo Takezawa

KISA

「American Audiences / West Tokyo Sound」

West Tokyo Soundによるセルフライナーノート

While lyrically focused, West Tokyo Sound is the light folk pop you will be humming throughout your day and driving back the memories you thought you`d lost.
You can "almost hear the Guinness spill out on to the floor" as singer/songwriter Matthew John Thoren and rotating cast escort you off the beaten path with the memorable melodies of the lo-fi sphere;"American Audiences" is the quintessential bedroom album.

頭の中にふと浮かんでは消える過去の記憶。
そんなたわいもない思い出を呼び起こすようなメロディー。
西東京サウンド音楽団はどんな場末の飲み屋にもあるような、
人の悲喜、酒、汚れた床に飛び散っては跡を残す黒麦酒の世界地図。
夏の夕暮れ、何もない道をドライブしながら見上げた空の袋。
のっぽのマシューとその友だちが奏でる、
ラジオから漏れる懐かしい曲。
「アメリカン・オーディエンス」。
(意訳:Alex Martin [placebo sound / soap])

West Tokyo Sound

KISA

「お花になりたい / 坂口喜咲」

Yawn of sleepyによるライナーノート

坂口喜咲さんは、ちっちゃな竜巻みたいで、
何色なのか全然わかんない。
間にあった光る空気のボールみたいなものから、
この夜に摘んだいくつかの「お花」。
これの押し花、栞としての何曲、何編か。
前後、心の裏を通ってきても
嬉しく楽しく快い程の十分な余韻をもって。
ああ、でも感情って何色もあって、
そもそもそういうもんでしたね!
その中や間を通って歩いてくるわけで。
意思とか意識とかが。

喜咲さんがそのように挨拶をくれた時に、
ああそうか、この人はなんて正しい人なんだろう。
と、思いました。

Yawn of sleepy

KISA

「お花になりたい / 坂口喜咲」

坂口喜咲によるセルフライナーノート

この世に誕生したばかり、うまれたてすっぽんぽんの
ダンゴムシになった気持ちで歌いました!
おもしろい場所で、おもしろがって音を鳴らすこと、
あの空間で揺れてた空気はピカピカフワフワで、
この感覚はずっと大切にしよう、と思いました。

坂口喜咲

Make Up Your Mind

「Make Up Your Mind」
Yawn of sleepy

01.yours

02.fra

03.given

Artwork : Yawn of sleepy

Mixing : Yawn of sleepy

Mastering : Ryo Takezawa

Release : 15/11/13

「Yawn of sleepy」

Yawn of sleepy

hydrant house purport rife on sleepyのフロントマン。
「他愛のないスケッチィ(?)な描写、描像、描画の連続こそが
人生なんじゃないかと個人的には常々強く思うね。
それ以外のはよくわかんないけど真面目ぶったってただのエゴい思い出作りでしょ。
みんな変なもんばっか好きなんですねー。別に関係ないからいいですけど。
とはいえお前と会ったり話したりするのは楽しいから好きだよ。-Yawn-」

OC144 EP

「OC144 EP」
OCTOPUS CAMMY

01.OC144 [Hebei mix]

02.OCacid

03.OC144 [sleepy it remix]

04.OC144 [yujisleepy remix]

05.OC144 [Yawn of sleepy remix]

06.OC144 [Ryo Takezawa remix]

Artwork : OCTOPUS CAMMY

Mixing : OCTOPUS CAMMY

Mastering : Ryo Takezawa

Release : 15/11/13

「OCTOPUS CAMMY」

OCTOPUS CAMMY

1994 年胎動後、活動休止。
2015 年、Thirty Three Record にて不確定的活動再開的。
ex.アパレル関係。